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2008年2月 1日 (金)

ガン闘病:ダイジェスト

そういえば昨年、ガンの患者学研究所から電話インタビューを受けて、
こちらの月刊誌「いのちの田圃」に私の話が掲載されたのだった。

ちょびっとだけどね、ちょびっと(笑)

電話インタビューというのが、2時間ぐらいお話したのだけれど、これが難しいのだね。
で、この体験が、ウェブカメラ付での通信コンサルテーションを導入しようというキッカケになった。
顔見えないと、長々と話すの辛いよね。。

まあそれは良いとして、
インタビューの主旨は、どうやってガンを克服したか?という事を、主に心の持ち方を中心に話してくれという事だった。

電話で話した時は、纏まり無く、支離滅裂に話してしまった感があって、
後でメモにして何が言いたかったかを送ることにした。(申し訳ないと思って。。)
これ・・・ぐぐっとコンパクトに上手に要約してくれた編集の方に感謝してますが、
字数制限ありということで、随分割愛されてしまったので、そのメモをこっちに載せることにしました。

どっかで書いた事と内容が重複するのだが、
私、再発(疑惑)の顛末を、あまり書いてないと思うので、丁度いいかなーと思う。

ハイ、前置きが長くなりました。

(以下、原稿)

1.ガン発覚から、治癒への経緯について

11年前(1996年7月)に精巣腫瘍(左睾丸)と診断され、入院・手術。

4月に左睾丸に違和感。この時は、大して気にもせずに放っておいて。
6月中旬に、風呂で認識。膨らましすぎた風船のようでした。
痛みは全く無しです。

病院に行く前に、自分で調べました。
ガンと確信し、治療法も自分で選択してがん研病院へ。
当時、代替医療は今ほど知られていなかったのと、インターネットも、今ほど普及していなかったので、個人が発信する情報も限られていました。
精巣腫瘍を代替医療で治したという事例を見つけることも出来ず、進行が早いと言われているので、食事療法で間に合うのかという不安もありました。
当時、「患者よガンと闘うな」が話題を呼んでいましたが、その著者である近藤先生でさえ、精巣腫瘍なら抗癌剤を使っても良いと言っていたというのも決め手となりました。

ガン研では、すぐに告知、入院を勧められました。
ガンと感じてから入院するまでの1週間は、不眠・殆ど何も食べられずでした。

子供の頃病気がちだったこともあって、もともと健康オタク。
1日30品目とか、肉は身体にいいとか、牛乳は完全栄養食とか、そういう「常識」を信じてやってきたのですね。
それなのにガンになってしまったという事もショックでした。

こういう人は多いと聞きますが、やはり何で自分が?どうして?という思いが強かったです。

14歳の時、腸に腫瘍が出来たことがあって、それ以来、ガン恐怖症だったような気もします。
何か具合が悪くなると、「もしかしたら、ガンじゃないか?」と思う傾向にありました。
やっぱりガンになってしまったのかと、予感は的中したみたいな気持ちもあったかもしれないですね。

転移は、その時は認められず退院しましたが、小さい転移巣があってもCT画像に写らないから、念のため検査はマメに来いと言われました。
精神的には、退院してからが、本当のつらさでした。
いつまでこれ(検査)が続くのか?
どうやったら再発しないのか?
西洋医学は、それを提示してくれません。
普通に生活して下さいとは言われるものの、結局、再発・転移が見つかるまで検査を繰り返し、見つかったら抗癌剤ということです。

段々、病院に行って、あの白い建物を見ると気分が悪くなってきました。

とにかく、体質が悪いからガンになった。健康じゃないから。
そう思って、自分の体質を変えるためには、何がいいか?何が必要か?色々調べ、考えた結果、食事療法に辿り着きました。
食べなければ生きていけないが、食べ物は色々な選択がある訳で、自分で決められるのです。
森下敬一先生の著書を読んで、自分の健康法・食事療法に対する考え方が間違っていたと感じ、逆に、これから変えれば、再発は防げるだろうと思いました。

退院1ヵ月後から、森下敬一先生主宰のお茶の水クリニックに行き食事療法を始め、それ以来、病院には行っていません。
歯科とコンタクトの処方箋、耳の掃除(耳鼻科)1回ぐらい。
(お茶の水クリニックでは、血液検査をしてくれますが、腫瘍マーカーなどは診ません)
約2年間、徹底的に行いました。
肉や白いもの(白米・白砂糖・牛乳など)をキッパリ止め、しばらくは、酒、コーヒーも飲みませんでした。

3ヶ月で13キロ以上痩せましたが、体調は改善され、良く眠れるようになり、冷え性もなくなり、おまけに花粉症も治りました。
痩せ方が凄かったので、親は親戚に「アイツ、本当に大丈夫か?」と言われたそうですが(笑)
私は元々痩せ型ですが、身長181cmのところ、体重が55キロぐらいまで落ちたので、かなりヒョロヒョロになりました。
スラックスとか、全部サイズ直しで大変でしたね。

会社にも、玄米弁当と、薬草茶も魔法瓶に入れて持参してました。
朝は早起きして、通勤前に、自宅近くのサイクリング・コースで自転車を飛ばして汗をかきました。
それから真向法を始めました。

その後、1999年頃から、資格取得、徹夜残業などで、生活習慣が乱れた時期がありました。
1998から99年、資格取得(米国公認会計士)=>残業、12時帰宅、3時半まで勉強、6時半起床・出社。
受験は2回。試験勉強期間3ヶ月ずつ。
2000年前後、コンピュータの2000年問題で社内大プロジェクト=>半年近くは、明け方3時まで残業はざら。
ホテル泊まりこみ。朝まで仕事して、朝ご飯を食べて、頭が冴えてしまって寝れないからビール飲んで、少し寝て出社するような日々も。
この間は、当然、玄米菜食は出来ませんが、特に体調を崩さなかったのは、それまでの貯金が効いていると思っていました。

2002年11月に、新しい生き方を探そうと決意し退職しました。。
この頃既に、人の健康とか医療に関わる仕事をしたいと思っていましたが、まだ自分が本当にやりたい事は何かが見つかっていなかったのです。
しかし、自分のやりたい事は、今の仕事ではないと感じていたので、まず辞めてじっくり考えてみようと思いました。
そういう風に区切りをつけないと、忙しさに流されて、どんどん時間が流れて行く気がしたので。

そしてある書店で、ホメオパシーの本に出会いました。
これこそ、自分の探していたもの、真の医学だ!と思って勉強することを決心。
2003年9月にイギリス留学。イギリスはホメオパシーの本場です。

2004年の1月終わりごろ、再び睾丸に違和感が出始めました。

学生生活にありがちな悪い生活習慣(夜中までレポート、朝起きて授業または昼近くまで起きないという不規則な生活)に運動不足。
基本的に、玄米食は続けていましたが、始めた当初のような「徹底的に」という感じではありませんでした。
自分は健康になったという、心の緩みもあったと思います。

日常生活のストレスも大きかったように思います。
初めての外国暮らし。言葉もまだ十分に慣れず。
当時住んでいた所の大家は、気難しい人で、しょっちゅう住人とトラブルを起こし、警察も何回か来る様な状態でした。。
自分はその人とうまくやっていましたが、落ち着かない日々だったなぁ。
(その後、引っ越しました。)

とりあえず様子を見ようと、3月まで何もしませんでしたが、どんどん酷くなりました。
この時の睾丸の状態は、最初に発病した時より悪かったかも知れないですね。
ジーパンなどのきついものは履けず、足を組んで座っているとつらい。
肥大だけでなく、木片のように硬くなっていました。
大便をするときに、座って用を足すと、睾丸が肥大して垂れ下がっているので、小便が睾丸に掛かるほど。

精巣腫瘍に罹った人は、残りの睾丸に発病する確率が、最初にガンが発生する確率の20倍以上と言われているそうです。
成人で睾丸の病気というのも少ないです。おたふくで腫れるという事もあるようですが、私はおたふくやったことないのです。
睾丸の状態からして、これはやっぱり再発だろうと感じました。
精巣腫瘍は、生検が出来ない癌だそうです。病院に行ったところで、前科からして、切りましょうと言われるに決まっています。
自分は、ガンだと先に分かっても、残りの睾丸を切られたくはないし、抗癌剤をやる気はスッカリ無い。
せっかくイギリスに来たのに、途中で帰るのもイヤだし・・・
少し落ち込みもしましたが、自分が勉強をしている事を試す良い機会でもあると奮起・・・だったのかな?
元々、真向法やヨガはやっていましたが、再度、食事や生活習慣を改善。爪もみもやり始めました。
玄米はイギリスでも手に入りましたが、日本から送ってもらい(何となく日本のものの方がいいと思って)、副食を減らし、ニンジン・リンゴ・ジュースも飲みました。

そして、ホメオパシーのガン用のプロトコルでレメディを飲み始めました。

最初に食事療法を始めた時は、ひたすら森下式に忠実に。
今回は私にとって、自分で治そうという再度の決意で、しかも、それまで学んできたことを生かして、自分なりに工夫をしてみるという機会となった感じです。
新しい戦略は、爪もみ、ジュース、ホメオパシーでした。
その後、「朝は果物食(ナチュラル・ハイジーン)」が加わることになります。
(森下式には、基本的にはジュースや果物はありません)

レメディを始めて、大体20日間ぐらいで、ある朝、睾丸の肥大がなくなっていることに気付きました。本当に突然に(笑)
その後、また少し油断(レメディを止めたり)したりもして、出たり引っ込んだりで波がありましたね。
幸いなことに、睾丸は触って確認できる部位です。
酷いときは、大きく、重くなって、パンツからはみ出て来たり、ねじれてしまったりすることもありました。
それが、小さくなったり、また大きくなったりを繰り返して、1年ぐらいかけて徐々に治まって行ったのです。

2.治療に向かったおおよそのポイントについて(心の持ち方を中心に)

テニス仲間との出会いも大きかったと思います。
笑ったり、騒いだり。酒も飲みましたよー。
あ、一応、お茶の水クリニックでは、私はお酒もコーヒーも禁じられてませんでした。念のため(多飲はしませんが)。
まあこれは参考にしないでください(笑)

再発した時期は、やはり、一種の引きこもり?
勉強が大変ということもありましたが、ロンドンではまだ友人も少なく、出かけることも少なかったのです。
運動だけでなく、気分転換が必要だったのでしょう。
丁度再発したと思った頃に、日本人テニス・サークルに入ることで、ロンドン生活が凄く楽しいものになりました。
性格もあるとは思いますが、人間、1人でいる(と感じる)ことは、良くないですね。

また、身体と対話することの重要性というか、喜び?を実感しました。
テニスをしていても、睾丸が肥大して重くなっているので辛かったりとか、プレーしていても凄く疲れたりとか、息切れが酷い時とかもありました。

それでも、例えば前の週より調子が良ければとか、スタミナが感じられたりとかすれば、「よし、良くなるぞ!身体は、治る力がある!」と思うことが出来たのです。
これも心の持ち方に関係していると思います。自分の身体を信じるという事でしょうか。
「ガンであっても、自分の身体はそんなにおかしいか?まだ生きている。運動も出来る。体力もついている。
病気がどんどん進んでいく一方なら、そういう事はないはず。だから自分は治る可能性がある・・・」
自分にとっては、テニスをすることで、体調を診断するような感じでした。
ヨガをやっても、「うーん、今日は身体のこっちが張ってるなー」と、「よしよし、じっくりほぐすよー」とか、そうやって、自分の身体との対話が深まったような気がします。

食事と生活習慣については、再発を防ぐために玄米菜食に取り組んだのに、再発したのはある意味ショックでしたが、最初に必死に取り組んで、体質が変わって健康になったという過信はあったと思います。
それでも、脱線した期間があるとはいえ、ある程度の積み重ねがあるから、回復も早かったのかもしれないと思っています。

また、食事や民間療法も、最初は専門のクリニック等で指導を受けた方が良いと思いますが、要領が分かったら、楽しみながら長く続けられるように、自分で研究・工夫して行くことも必要だと思います。
食事療法も含めて、自然療法はそれぞれ微妙に違うもので、合う合わないが案外あるだけでなく、その療法が適切な時期とそうでない時期もあるので、1つにこだわる必要もないし、こだわりすぎるのも時に危険でしょう。

あと、やっぱり冷えはダメ。ロンドンで住んでいたところは風呂がなかったのです(シャワーだけ)。
イギリスは基本的に涼しい所ですし、冬は、夜中に寒さに耐えながら、レポートを書くような日々もありました。
お風呂に浸かって、のんびりリラックスという時間は必要と感じます。
元々お風呂好きなので、余計にストレスでした。

イギリスのお風呂はタンク式がまだまだ多く、私が住んでいたところも、短時間に一定以上の人数がシャワーを使うと、その後数時間、冷水になるのです。
夜冷えて帰ってきて、シャワーを出すと「ひゃーっ、つべたーい!」という事がよくありました。
そういう微妙なストレスも、あったかなー・・・追い炊き風呂が無い家には、二度と住みません!(笑)

自分の場合、この2回目は、異国のストレス、学生生活の悪い生活習慣、冷えが原因だったのだろうと思います。
まあ良く考えてみると、最初に発病したときも、仕事でかなりのストレスで、生活習慣は最悪でしたから、いずれもなるべくしてなったものかもしれません。
元気になると、再び張り切って無理してしまうところなど、今にして思えば、安保先生の発ガンの理論を全部実証している感じです。

ただ、2回目の時は、ショックはあったものの、1回目より覚悟が出来ていたというか、自分の状態を冷静に受け止められ、何がいけなかったか?を分析出来ましたし、やっぱり西洋医学だけではガンは完治出来ないことを痛感しました。
実際、自分も、切っても再発らしき状態になった訳です。しかも8年も経ってです・・・
そして、ホメオパシーも含めて自分なりに色々と研究してきた成果でも、もちろんあるのですが、自然治癒力を信じ、自分で取り組むということを、今度こそ本当に実行出来たのだと思います。

これは、一患者としてのみならず、ホメオパスという療法者としても貴重な体験でした。
最初に始めた時は、再発の恐怖などもあって、自発的に始めたとはいっても、まだまだ依存心のようなものがあったのでしょう。
食事療法という療法に対する依存心ということだったのかもしれません。
自分が一段深く学ぶために、この再発事件は必要なステップだったのかなと、そんな運命的な感じもあります。

結局の所、心の持ち方ということなのでしょう。
食事や生活習慣を変えるというのも結局、特に現代社会で生きて行く上で、かなり人生哲学を変えること、心を変えることになります。

ガンや病気は、自分の身体に自分が作ったもので、誰か別の人がやったとか、そういうものではありません。
自分の身体が作った病気なのだから、自分の身体が治す。自分で治す。実に当たり前のことなのかもしれませんね。
そういう気付きがあるかどうかが重要だと思っています。
民間療法も、ホメオパシーも、そういう認識がないと効かなかったり、効果が十分でなかったりする感じがあります。
よく「誰それが治ったから、○○を試してみたけど、全然効かなかった」という話を聞きますね。
もちろん人任せで効く時も、効く人もいるけれど、心が主導でないと深い癒しには繋がらない気がしています。

3.ガン発症以前と、今との違い

自分の人生を生きているという実感が強くなりました。
留学でお金はなくなったけれど、今、生きているということを楽しめるようになりました。
中年オヤジになってから、無収入&貯金使い果たして留学ですよ!(笑)
サラリーマンは、イヤだったんです。
若い頃、留学したかったのですが、出来ませんでした。
退職も、留学も、ガンにならなかったら決断出来なかったでしょう。

また、自分で情報を集め、世の中、特に食事や医療の常識とされていることが、いかにヘンかということが分かるようになりました。
自分で考えて生きるようになったということでしょうか。

それから、ある意味、またガンになるとか、病気になるとか、そういう事も気にならなくなりました。
もうガンになっちゃったし、自分でうまく付き合っているから、ガンの恐怖みたいなものもないです。
また無理してストレスとか溜めると、病気になるかもしれないけど、でも、もうどうすればいいか分かっているから。
まあ、実の所、あまり学習出来てないのかもしれません(笑)

でも、ガンになって良かったと思いますよ。
人生はすっかり変わり、色々な意味で、自由になれたと思います。
生きがいも手に入れました。

4.治療の過程で心に残っていること

森下先生や安保先生などが、「治る」と言ってくれていることや、治った人の体験などを読み、勇気をもらったことが大きなサポートでした。
やっぱり、「治る」って言ってもらいたいものです。
ガン患者は普通、「治る」「治った」って言ってもらえないですね。
(ブログにも書きましたが)「大丈夫だよ」っていう言葉が必要なのだと思います。

そういう意味で、「あなたは治る」と言う、ガン患研の活動は、意義深いものだと思います。

蛇足ですが、
最近、ホリスティックという名の下に、統合医療などを標榜する医師が多くなりました。
これらは一見、ガン患研やガン患研に縁の先生方が言っておられる事と似ているのですが、少し違和感を感じる部分もあります。
どうも、西洋医学も代替医療も、何でもござれという感じで、それでダメなら仕方がないという、一種の諦めのようなものがあって。
だからこそ、そこに死生観を持ってとか、そういう教えになっているように感じられるものもある気がします。
食事療法も、無理することないよとか、どうも順序が違うような気がするのですね。

まあ、これはあくまで私が漠然と感じていることです。
しかし、再発らしきものが治まって「治癒ってどういうことなのかなぁ」と再び考え始めた時に、ガン患研を偶然ネットで見つけ、川竹さんの著書を読んだのですが、ガン患研の、ある意味厳しさもあるけど、とにかく治そうよ!治るよ!という姿勢がとても鮮烈に心に響き、そういう人たち(上記の人たち)に対する違和感ようなものの理由が分かったような気がしたのです。

5.今一番うれしいこと

ホメオパシーに出会えたことは大きな喜びでした。そして自分の身をもって、ホメオパシーの効果を実感できたことも貴重な体験です。
私の生きがいの1つとなりましたからね。
ホメオパシーに惹かれたのは、心と身体のバランス、氣(ヴァイタル・フォースとホメオパシーでは呼びます)の乱れが病気を生むと理解し、その乱れを整えることによって根本的かつ自然な癒しを得る方法であり、西洋医学とは全く違う自然療法だからです。

ガン患研を初め、ガンを自然な方法で治そうという人が増えてきたことが嬉しいですね。
そういう中で、自分も何か貢献できることがあるかもしれないという、これまた生きがいのようなものを感じます。
医療とか食事とかを通じて見て、やっぱり、今の世の中どこかヘンです(笑)
そんな中で、皮肉な事に、ガンというやっかいな病をキッカケに、人の生き方、医療などが変わって行きそうな期待感が出てきました。
まだまだ大変だとは思いますが、非常に楽しみです。

(以上、終わり)

てな感じでしたー

これだって、補足したい事がたくさんあるんだけどね。
ま、それはまた別の機会に。

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コメント

ではまたテニスやりましょう。
sam さんの健康のためにも、自分のためにもそんな時間が
必要と感じる今日この頃です。

よっちゃん

健康の事なら相談に乗るよん(笑)

全豪オープンの結果を追っていたら、
テニスやりたくなったねぇ。

まだ寒いけど・・・

がん、再発してたのをご自分で治されたのですね。
素晴らしいです。
私も、もう検診には行っていません。
(7年半経過しました。)
私の場合、「逃げ」というか、再発しても医者の勧める治療(あとは抗がん剤しかないから)はしないから、ストレスを受ける病院には行かない!!
という気持ちですが。

でも、
Samさんもおっしゃるように、がんという病気が与えてくれた教え・気づき・学び、は大きいですね。

feelさん

こんにちは。

うーん、「再発じゃないんじゃないか?」っていう説もあると思うんですけどね。
前科からして、かなり確率高いですね。

実際に再発ではなかったとしても、「これって・・・また?」という、その時の心境は前科者にしか分かりませんよね(苦笑)

feelさんも、病院離れ組みですか。
抗癌剤やる気起きないですよねぇ。
頑張りましょう!

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