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「近藤誠」論 3

さて、近藤氏のロジックとはどのようなものだろうか?

彼をトンデモ扱いする人も多いようなのだが、本当にそうだろうか?

抗癌剤、検診、拡大手術の是非についての論考でも、彼が拠り所にしているのは、エビデンスが十分でないということである。

彼は、くじ引き試験、つまりランダム化比較試験(RCT)を重視している。
これはEBM(Evidence-Based Medicine)という観点からすれば当然のことである。
つまり、「科学的な」証拠を求めている訳であり、これに対して「非科学的である」とかトンデモ呼ばわりする方が、(科学的であることを主張する立場からすれば)よっぽど非科学的な非難なのである。

近藤氏の大きな論点の1つは、
エビデンスが十分でない、有効性が科学的に証明されていない治療法や検診を、社会制度に組み込んで税金を使い、「みんないらっしゃい」という状態にしていいんですか?
・・・というものである。

もうちょっと言うと、そういう大事な事を、どうしてキチンと公衆に知らせないんですかという問題提起である。
市場主義とガン産業の存在をほのめかしてもいる・・・明言してるか(笑)

みんな医学は科学的だと思っている。その医学というのは、案外というか、かなり非科学的な意思決定の元に実行されているということなのだ。

そこへ、「エビデンス出せ!」って殴りこんで来た輩がいる。
あろうことか、医師ではないか?
なので、「けしからん!!」というのが実情だったのだろう。

名医の「有害な治療」「死を早める手術」 (だいわ文庫 C 104-1)」では、とても面白い部分がある。
対談者は、国立がんセンター名誉会長・市川平三郎氏である。
よろしいか?日本のがん治療の総本山の長みたいな大先生ですぞ(笑)

市川氏が近藤氏に対して言っていることは、

「くじ引き試験にも限界がある」

肺ガン検診のくじ引き試験に対して「その結果が全部正しいかどうか、疑問を持っている人はたくさんいる」

「くじ引き試験でもバイアスが入るのに、それほどくじ引き試験にこり固まる必要はないじゃない。」

「もう1つの視点があって、医学の進歩の殆どは試行錯誤の積み重ねできていることを考えるべきなのに、ただ「くじ引き試験」とだけ言う。」

「心の琴線に響かないんですね。生物学というのは深すぎるぐらい奥が深いんです。数学の方がある意味では簡単なんです。その数学が生物学をコントロールしようということが大間違い。手段に使うならいいですよ。手段ではなく数学に生物学がコントロールされるのは大間違いです。それと、私が思っていた以上にすごく「くじ引き試験」にのめり込んでいる。世界中がそうだからといって、世界が間違っているということはしばしばあるんですから。」

いかがだろうか?
一部抜粋したが、本を読んでみて欲しい。

私はすごく複雑な気分になった。
私自身は、RCT原理主義者ではないので、ここに抜粋したような市川氏の考えも理解できるような気がする(治療の方法論には賛成しない)。
しかし、ここでは異端と考えられている近藤氏の方が「科学的」であり、国立がんセンターという、まあ科学的医療の頂点とも言うべき病院のエライ先生の方が、議論の上では「非科学的」で、まるで立場が逆であるかのようである。

思い浮かぶのは、自称科学的な人や科学的な医師が代替医療を口撃する際の論法である。
「データが十分でない」「RCTでは否定されている」「科学的根拠に乏しい」

しかしだね、公費を使って社会制度に組み込まれている医療に対して、同じだけ、いやそれ以上にその厳しい目を向けるべきじゃないのかな?
より多くの人に被害をもたらす可能性があって、尚且つ被害を正当化されてしまう危険があるのはどっちだと言うのかね?

近藤氏が代替医療について言及する機会は少ないように思う。
しかし、彼ならば代替医療側にも当然のごとく「エビデンスを」とか「RCT」と言うであろう。
それは、フェアな態度である。

統計(RCTなど)というのは「絶対」ではない。それだけをもって全てを語ろうとするのはいただけない。というのが市川氏の論理であれば、それはよい。
一連の対談を読んでも、同じ論文・統計を見て、随分解釈が違うものだと分かる。
読み手の主観にも左右されるから、完全なる客観というのは存在しないのだ(残念ながらね、人間の宿命です)。

そこを踏まえた上で、可能な限り「もっともらしい」情報を得ようというのが、現在の科学的エビデンスというものであろう。
が、その「サイエンス」の努力・結果をもってして、白黒つかない治療方法等が当たり前のように公共で使われているのが問題なのだ。
それが近藤氏の論理の中核なのである。

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ニックのセミナーほか 補足

お問い合わせをいただきましたので、補足をします。
てゆーか、最初から書かないといけませんね。。

セミナーは通訳が付きますので、英語が苦手な人でも大丈夫ですよ!happy01

あと、ISHJのコースには、必ずしも英語が得意でない方(何と言えばいいのでしょか・・・)も参加されています。
えいごが・・・ということで、勉強をためらう気持ちが出てくるかと思います。
セミナーには、ISHJ学生さんが参加しますので、勉強の様子など聞いてみるのもいいかもしれません。

ちなみに今年より、新1年次の新学期が、日本の慣例に合わせて4月からとなりました。
通信コースという事で、まだ入学が可能ですので、興味がある方は学校の方へお問い合わせ下さい。(私は、入学手続き等には関与していませんので・・・catface
2年次からの編入を希望される場合は、今年は9月からとなります。

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ニックのセミナーほか

今月(7月)19日、20日に開催されるニックのセミナーですが、まだ空席があります。
参加をご検討されている方はお早めに。

ミハエラによる、ノン・ドクターのためのホリスティック人間科学についてのワークショップも21日に開催されます。
彼女は、ルーマニア人の医師でホメオパス、日本の医療機関でガンの研究などもしていた人です。(ちなみに日本語堪能)

お申し込みは下記サイトより。
http://www.ishj.com/mod/resource/view.php?id=1933

今回は、イタリアの巨匠・マッシモ(Massimo Mangialavori)のメソッドを解説することになっています。
(たぶん、ビデオ・ケースなんかも紹介されます)

最近、国内ではSankaranに関するセミナーが増えてきました。
これは大変ありがたいことですが、ちょっと食傷気味の方には、マッシモもいいですよ。

彼の情報にはアクセスしにくいですし、実際、メソッドは難解というウワサもあります。。
数冊の関連著書を読んだだけでは、ナカナカ理解が難しいかと思います。
それもそのはず、何とComplex Method(複雑系メソッド?-直訳:複雑な方法)と呼ぶそうです(笑)

ニックは、マッシモとは家族付き合いのような親しい間柄で、弟子ですから、最もそのメソッドに詳しい一人です。

マッシモは2回ほど日本に来ているハズですが、例の医師限定の団体主催で、その他大勢はシャット・アウトされています。
まあマッシモ自身による講演であっても、放送コード(医師向け団体に都合のいい内容にアレンジされたか)があるかのような講演内容だったようで、あまりその真価が伝わっていないのかな~と思います。

ISHJは、セクショナリズムとは無縁ですから、どういったバックグラウンドの方でも参加できます。
ホメオパスとして、メソッドのレパートリーを増やすのは大切です。
この機会も有効に活用してくださいねdiamond

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「近藤誠」論 2

近藤誠論を語るには、まず近藤氏の提起した論点とは何だったのかを整理しなければならない。
いやなに、著書に書いてあるので私が整理するわけじゃないのだが(笑)

おおまかに、

  1. 手術のし過ぎ
  2. 抗癌剤は不要(1割程度例外あり)
  3. 臨床試験(治験)の問題(要は人体実験が行われている)
  4. 検診は不要(ガンに限らず)
  5. がんもどき理論

こんな所だろうか。

患者よ、がんと闘うな (文春文庫)」が世に出た当時、このタイトルもあって色々と論争が起きた。
医師の間にも、患者の間にも、随分と誤解があったようで、
近藤氏も、「ガンと闘うな」「いや闘え」と、論争が矮小化されてしまったのが不本意と述べている(「がん専門医よ、真実を語れ (文春文庫)」)。

私は、「いや、いい事を教えてくれた。ありがとうございます」
・・・という感想だったけどなぁ。。

ちゃんと読めば、彼が、全く闘うなとか、治療を一切拒否せよ、などとは言っていないことが分かると思う。

彼は、「無駄な闘いをするな」と言っているのである。
そして無駄な事とは、正しいと信じられている、いわゆる標準的な治療つまり「常識」の妄信に起因すると言っているのである。

更に、近藤氏が問題提起して10年以上経つが、実情はなななんと、大して変わっていないというのである!(「名医の「有害な治療」「死を早める手術」 (だいわ文庫 C 104-1)」)
これも恐らく真実であろうと思われる。

特に医療サイドにインパクト強かったのでしょう。
これほどの有名な先生がいまだに講師である(教授とかじゃないという意味ね)。
医学界からは、殆ど干されているということでしょう。

なので、私はせっせと彼の本を買うのである。
他人の生活の心配をしている場合ではないが(笑)、せめてもの恩返し(?)として。。

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