思考のすごい力
ウィスコンシン大学やスタンフォード大学で教鞭をとる世界的に有名な細胞学者による「スピリチュアル」な著作。
トンデモ本ではないが、その洞察が、いかに科学界から抵抗を受けたかも頷ける内容の本である。
私の中では、1月にして既に、今年度No.1の本かもしれないという位置付けである(なんと!)。
近いうちに改めて書評を載せる予定。
とりあえずご紹介。
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ウィスコンシン大学やスタンフォード大学で教鞭をとる世界的に有名な細胞学者による「スピリチュアル」な著作。
トンデモ本ではないが、その洞察が、いかに科学界から抵抗を受けたかも頷ける内容の本である。
私の中では、1月にして既に、今年度No.1の本かもしれないという位置付けである(なんと!)。
近いうちに改めて書評を載せる予定。
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「生きているうちは、死なない」
・・・私のお気に入りの言葉である。
元々は、藤平光一さん(中村天風氏の弟子・心身統一合氣道宗主)の著書にあるエピソードから。
オリジナルは「私は死なないよ、生きているうちはね」で、人事を尽くして天命を待つ=やるべきことをやっている私は大丈夫・・・というニュアンスである。
昨年秋より、ガン患研・関東地区各支部をお訪ねし、各種セミナーのお手伝い等にも参加しているが、「痛みがあって不安」という言葉をよく耳にする。
大丈夫!<治ったさん>も、みんなこの種の不安は少なからず抱えていたはず。
事実は自らの認識によって変わるのである。
痛みは、身体が「まだやることあるでしょ!」と訴えているのである。
身体が正常に反応して、自然治癒力が働いている証拠。つまり、生きているからこそなのである。
痛みを感じられるならば、生きている。もっともっとやることをやって、痛みが一瞬でも引く時があるならば、それは改善。
また次の日も、その次の日も・・・今を一所懸命生きる。改善を発見する。
こんなにも、今、生きている私。
生きているうちは決して死なないのだ。
私は藤平さんの言葉をこんな風に解釈して、自分を勇気付けていた時期もあった。
ふと思う。
生きたい、治りたいと言っていても、無意識の領域(潜在意識)では、もういい、治りたくない、治ると困る・・・という風に選択している場合がある。
それは、生きる意味の喪失、あるいは混乱である。
だから、ウェラー・ザン・ウェル。
ただ治すのではなく、もっとその先の生き甲斐を目指す。
本当に治りたいなら、癒されたいなら、意識の底の領域にある自分の本心の選択・パターンに向き合い、氣付かなければならない。
ホメオパシーのレメディもこの部分のエネルギー・パターン(振動)に作用する(やっぱりねー、と最近再認識した)。
鏡よ鏡、私の「本当の意図」はなぁに?
人事を尽くして天命を待つ、とは、ここまで向かい合った姿を指すのかもしれないな・・・
そして、私にとって、理想の人生とは?
でもね、今すぐにそこまで対峙出来なくてもいい。とにかく治そうよ!
無意識の領域まで響くように、繰り返し繰り返し、ひたすらやるべきことをやる。
治そうとする行為によって、顕在意識の向かう方向と潜在意識を一致させるまでやる。
それもまた心身一如だろうかね。。
心と身体はひとつ。
身体(行為)から?心から?
最初はどっちでもいいじゃない!
私は、とにかくやろうよ、治そうよ、その気持ちこそが、治癒への扉だと思う。
そんな風に頑張る人たちを、これからもサポートして行きたい。
一緒に多くの氣付きを得られますように☆
本年もよろしくお願いいたします。
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