« 最近の新聞報道2 | トップページ | 最近の新聞報道4 »

2010年8月31日 (火)

最近の新聞報道3

ホメオパシーは科学的に否定されているので、通常医療を拒否してホメオパシーを続けることは危険極まりないので、まかりならん・・・ということなのだが、肯定派、否定派共に、既に多くの人がネット上でコメントを出しているようなので、私としては出来れば少し違う観点で語っていければと思う。

科学的云々については、次回以降に述べる。
通常医療の拒否についての私の視点としては、

  • ホメオパシー原理主義への転化
  • レメディ(ホメオパシー)と薬(西洋医学)との併用はダメか?
  • 医療不信

というあたり。
以下、順に語っていきたい。

ホメオパシーはもともと、劣悪な薬物による治療、症状の抑圧など、著しく侵襲的な方法に疑問を持ったハーネマンが、類似の法則に出会ったことがキッカケで、身体の治る力(自然治癒力)を賦活させるという、対症療法とは異なる身体に優しい治療法を開発しようとしたもの。

類似の法則に基づき最小量の薬物(ホメオパシーの場合はレメディ)を投与するというシステムは、ハーネマンが『自然療法』と唱えたかどうかはともかく、明らかに自然治癒力(気と呼ぼうがヴァイタル・フォースと呼ぼうが)を中心にすえた自然療法であり、部分ではなく患者という人丸ごとを癒そうとする姿勢は、現代で言うホリスティック医療の一つである。
しかも、ハーネマンは、今で言う『生活習慣を正すこと』を強く推奨した人でもあった。

いかにして病気が治るのか?いかにして人は健康になるのか?
その根本的な治癒のメカニズム、そして生命観や人生観といった哲学が、西洋医学(通常医療)と異なるのであるから、西洋医学とホメオパシーは、原理的に相容れないものである。
対症療法の性格が強い領域においては、特に違いが顕著である。

しかし、原理的に相容れないことを認識して行動することと、医療拒否といったカルト的な原理主義に傾いていくこととは全く別問題。

ホメオパシーで、あらゆる事態に対応できるわけではないし、西洋医学と補完し合える部分も多い。
何よりも、社会システムに組み込まれた西洋医学との立場の違いをよく認識して、何が患者さんにとって有益なのかを、しっかり考える必要がある。

バランスを取ることが、その哲学の中心でもあるのに、極端に走ってバランスを欠くのは、そもそもホメオパシーでないのではないか?
何が何でもホメオパシーで、医療拒否というのは、やはりホメオパシー的な発想ではないと思う。

私は、西洋医学がいいよ!と言っているわけではない。
おかしなことはいっぱいある。だから批判もする。ガン治療は特にそうだ。
でも、この社会の一員として、ホメオパスという立場で病で苦しむ人をお手伝いするという時、患者さんの便益のために合理的な行動とは何かを考えるべきということ。
そういう倫理観が必要だろう。

イギリスの資格認定団体の倫理規定では、プラクティスを行う地域の医療システムを無視しないように、ちゃんと規定があるし、
欧米やインドのまともなホメオパス(医師ホメオパスも含む)たちは、西洋医学のメリットもデメリットも受け入れつつ、でも、ホメオパシー的な治癒を図ってプラクティスをしている。
社会の中における極度に排他的な行動は、軋轢を生じるだけで、そのマイナスは誰に返って行くかというと、最終的には患者さんである。

なんか分かりにくい所をグルグル回っているだろうか・・・

そもそも何で、原理的に相容れないのに、西洋医学のメリットを受け入れ、かつ、ホメオパシー的な治癒を図れるのか?
・・・という疑問を感じる人もいるかもしれない(いないのかな?)
そこで語りたいのが、レメディと西洋医学(薬)との併用のことだ。
実はここに、重大な誤解と迷信がある。

多くの人が、西洋医学の薬、特に抑圧的な強い薬(ステロイドなど)を使っていると、レメディが効かないと思っているようだが、そういうことはない。
レメディと、西洋医学の薬は、作用機序が根本的に異なる、次元が異なると言った方がいいかもしれない。
従って、薬を使っていても、レメディは作用する。作用の効果が見えにくいだけである。
作用しないとしたら、選んだレメディが間違っているというだけ。

例えば、ある種のレメディを摂ると、抗ガン剤の副作用が軽減されることがある。
ご存知の通り、抗ガン剤は猛毒である。ステロイドも悪名高いけれど、抗ガン剤の副作用も酷いものである。その抗ガン剤を入れていても、レメディは何らかの形で作用しているのだ。

もう1つ、特にホメオパシーにある程度詳しい患者さんがナカナカ分からないのは、レメディを飲んで何か起きた時、例えば報道でも問題視されている好転反応らしき状態になった時、追加でレメディをアレコレ摂るよりは、薬を使ってもらった方が、よっぽどまし、ということ。

ホメオパシーを利用したい患者さんの多くは、

  1. 西洋医学が好きではなく、自然療法を好む人(ナチュラル志向の人?)
  2. 西洋医学やその他の療法でうまく行っていない、または見放された人

である。
中には、副作用や侵襲的な治療で酷い目にあった人もいる。
大抵は、西洋医学の薬にネガティブな考えを持った人が多い(もちろん、そうでない人もいるけれど)ので、何か起きた時に、とにかく薬を避けてレメディに走る傾向が強い。
上で述べたように、ホメオパシーに結構詳しい人が陥りやすいようだ。

(西洋医学などから見放された・・・という場合の話は、ここではちょっと置いておいてね)

プラクティカルの人たちが、こういう場合にどう考え、対処するのか知らないが、クラシカルでは、混合投与が前提になっていないので、レメディの乱用は経過観察と対処に悪影響を与えることが多いのである。

一方、薬の使用は、必ずしも好んで勧めているわけではないが、それこそ『医学の進歩』のお陰で、大体何が起こるか見当がつくので、アレコレとたくさんレメディを摂られるよりも経過判断が容易である。

また、当然ながら、一時しのぎも含めて緊急時の対応や発作のコントロールなど、危険回避というのは、西洋医学の本領発揮の領域であり、どう考えても一番確実だ。
緊急時でなくても、それまで続けてきた薬を急にやめると危険な場合もある。

なので、むしろ病院に行けとか、(医者に言われた通りに)薬を使えと指示する場面も、実際に多いのだ。
『まず安全と安心を買え』つまりは、時間を買えということである。

『コントロール(制御)』・・・これが西洋医学の本質だと私は思う。
この範疇においては、西洋医学を合理的に受け入れればよいのだ。
実はコントロールには、『支配』という文脈もあるのだが、この話は別の機会に譲ろう。

こうやって書いてくると、「何だ、オマエは本当にホメオパスか?」という罵声が飛んできそうだね。
自然派じゃなかったのか?私は薬をやめたいのに!
自然治癒力はどこいった?薬は自然治癒力を阻害するんじゃないのか?・・・とかcatface

でもそうじゃない。特段新しい考えを述べているわけでもない。
自然治癒力への回向、人間の治る力への信頼が強く、揺るがないからこそ、併用してもいいという考え方が出てくるのだと、私は思っている。

抽象的・概念的に言えば、ホメオパシーは、見えない部分に働きかけようとしており、西洋医学は、見える部分をコントロールしようとしている。
全く違う場所、次元で仕事をしているわけだ。視界が異なる。
であるから、コントロールすべき所は意固地にならずに。ある意味放っておきなさい。その結果、薬などの悪いものが入ってしまったとしても、自然治癒力を中心とした治る力を高めることによって、最終的には、何にも頼らず、自己の力だけで健康を維持出来るようになるチャンスがいくらでもあるのだ。
人間は案外逞しいと述べたのは、こうした強い人間肯定・信頼が前提になっている。

喘息の発作が出るうちは、薬を使ってしのいで、改善が進めば、そのうち必要なくなるよ、というのが基本姿勢。
だから、西洋医学の治療を受けることも、クラシカル・ホメオパシーの想定内であり、ホメオパシー的な思考過程に従ったものなのである。

もちろん、使わなくて済むものは、使わない(これは医者に求めたい)。
生活習慣も含めて、悪いものは極力避ける(これは患者さんの姿勢)。
その上で、自然治癒力を最大限高めることをする。
その1つの方法がホメオパシーということ。

随分と話がわき道にそれてきた気がするが、
クラシカルで西洋医学との併用を勧める、あるいは併用を気にしない理由が少しでもお分かりいただけただろうか?

上述のようなクラシカルの考え方からすれば、医療拒否というのは、かなりエキストリームな姿勢であるし、歓迎されないという事が理解出来るだろう。
クラシカル派、そして恐らくはプラクティカル派の人も、その多くは西洋医学の併用をシステムの前提として取り入れた倫理観に基づいて仕事をしているのである。

今回の報道で論じられている通常医療拒否の問題は、
ハーネマン以来確立されてきたホメオパシーの基本原理を踏襲し発展・進化させるべきところを、どういうわけか、極端なホメオパシー原理主義に転化されてしまったことに端を発しているようである。
くどいようだか、違うシステムなのだから原理的に相容れないのは当然なのだ。それは漢方だろうが、アーユルヴェーダだろうか鍼灸だろうが、同じこと。
ここは譲らないよ(笑)、でも大切なのは、常識と倫理観であると、私は思う。

ホメオパシー創世記において、医原病を強く危惧し、新しい治療システムを主張するハーネマンの立場からすれば、彼の主著『Organon』の序文をはじめとして、当時の西洋医学を厳しく批判するくだりがあるのは、ある意味当たり前のこと。
しかし、当時の西洋医学と、現在の西洋医学では、全く違うものであるはずだ。
同様に、当時のホメオパシーと現在のホメオパシーも、様々な意味で随分変わってきている。
社会も自然環境も変わっている。(人間自体は、そう変わってないかもしれないが・・・)

そこへ、「我こそは、ハーネマンの遺志を継ぐものなり」と、もっともらしい主張を振りかざしたとして、果たしてそれがハーネマンが喜ぶだろうか?
いや、そもそも、「ハーネマンだったら?」というマインドこそが、大きな後退、既にマズイのかも知れぬ。思考を新たにすべき時代に差し掛かったのだと解釈することも必要かもしれない。
ましてや、学術的な主張と、一般の患者さんへの普及は別物。

まるで宗教だと、報道にもあった。
その表現は、真面目な宗教家の方には失礼じゃないの、と思うけれど・・・カルトとは別物でしょう。ええと、また、わき道だねcoldsweats01
とにかく、それだけの熱狂を生むには、他に色々わけもあるだろうし、意図もあるだろう。
ホメオパシーの存在そのものだけが元凶ではないはずである。

原因の1つが、現在の深刻な医療不信であると、私は思う。

これについては、次回に。

(まだまだつづく)

« 最近の新聞報道2 | トップページ | 最近の新聞報道4 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113413/49284553

この記事へのトラックバック一覧です: 最近の新聞報道3:

« 最近の新聞報道2 | トップページ | 最近の新聞報道4 »

Twitter

  • Sam's Twitter

Samのオススメ本

最近のトラックバック

無料ブログはココログ