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2014年1月24日 (金)

意味の世界

年明け早々に、対談本『生きる。死ぬ。』(玄侑宗久・土橋重隆著)を読了していたのだった。
内容は、首肯できることが多く、良い印象を持った。

土橋氏は、代替医療の世界も知る医師であり(帯津三敬病院にいたことがある)、かねてより、性格によってなりやすいガンが異なると唱えていた人だ。

臨床を通じて、「ガンは心の病」ということに気づいたという。
そして、治った人は何らかのキッカケで、生き方が変わっているとも。

病気の捉え方に関しては、生理学的な事実、つまりエビデンスに基づかなくても、意味の世界だけでもよいとする。
事実の世界を無視はしないが、意味の世界が大事だということである。

ただし、こういう場合気をつけなければいけないのは、「病の意味」、特にガンの意味という話になると、概して、残された時間をいかに意味のあるものにするかといった方向に走りがちであること。

治すことは(心のどこかで)諦めている。どうせ逆らえない運命なら、与えられた時間をどう過ごすかによって、人生を意味が変わってくる。
これは、アウシュビッツを生きのびたヴィクトール・フランクルが唱えた「態度価値」のことだ。

僧である玄侑氏がそうした死生観を説くのは、いわば生業であるから仕方がない。
だが、治療の担い手である医師の土橋氏が、意味の世界を強調して死生観を語るのはどうだろうか?
私は常々、治療家、療法家が死生観を持ち出すことに危惧を感じている。
それは、治らなくてもいいのだという暗黙のメッセージを与えかねないからである。

土橋氏の真意が、そうでないことを祈るばかり。
ただし、強調しておくが、この対談本は、たくさんの気づきがある良い本である。

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