思考のすごい力

ウィスコンシン大学やスタンフォード大学で教鞭をとる世界的に有名な細胞学者による「スピリチュアル」な著作。

トンデモ本ではないが、その洞察が、いかに科学界から抵抗を受けたかも頷ける内容の本である。

私の中では、1月にして既に、今年度No.1の本かもしれないという位置付けである(なんと!)。

近いうちに改めて書評を載せる予定。

とりあえずご紹介。

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乳がんと牛乳

出ましたよ~!

乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか
ジェイン・プラント著 佐藤章夫訳 径書房

この手の本が、私が友人と険悪になる元だったりするのだが・・・coldsweats01
(この本はほんの一部だけど)

著者はイギリス人の乳ガン患者で、地球化学者である。
自らの進行がん(再発4回!)を克服するため、命懸けでガンを研究したのだ!

本書がイギリスで発売された2000年当時、正統派の医師、患者支援団体、栄養関係者から批判・非難の嵐が起こったそうである。
そりゃ、そーだろう。乳製品が健康に悪いと言っている訳だからね。

ところが、2005年に、本書を初めとする医学関連書の出版によって、医学に大きく貢献したという理由で、医師でない著者が英国王立医学協会の終身会員になったという。

タイトルの乳ガンだけでなく、卵巣ガン、前立腺ガン、その他多くのガンの発生に対しても、乳製品が重要な役割を果たしていると書いている。

本書には、上記のごとく幾多の批判がなされたそうであるが、
2000年初版の内容に一文たりとも変更を迫るような科学的事実を提示されたことはないと、著者は言っている。

以上は、日本語版序文を参照。

私は今まで、牛乳が悪影響を及ぼすという理由は、
乳糖不耐症、カルシウムの摂取に関する誤解、脂肪やカロリーが多い、牛を病気にしないために使う抗生物質等の薬物(身体の脂肪分=お乳に溜まる)、生物学的構造(成人になっても乳を飲むのは人間だけ、乳糖を消化する能力は成長するにつれ失われる=乳糖不耐症)、疫学調査(乳ガン、前立腺ガンのリスク増大)・・・という認識だった。

本書で学んだのは更に、インスリン様成長因子1(IGF-1)とエストロジェンの関係であった。
やはり、ホルモン等の微粒物質は侮れないcatface
生殖器系の疾患にホルモンが影響する事は容易に想像出来るし、ホルモンが身体のみならず、心にも影響する事を考えれば、過剰摂取によるホルモン撹乱が何をもたらすのかを、もっと注意深く見つめなければなるまい。

その他、詳しい事は本書を読んでいただくとして(ネタバレはしないように)、
もうご想像の通り、私が言いたいのは、こういう著書を前にして、どう行動するのか、それが大事だという事である。

もちろん、私は牛乳を止めることを強要するものではない。
個人のリスクとベネフィット、そして嗜好(人生観)に照らし合わせて判断すれば良いと思う。
まあ、親しい人で、どうしても牛乳好きな人に言うとすれば、嗜好品として少量たしなむ程度に心掛ければ良いんじゃないの・・・という感じか。

ただ、考えるべきは、それがないと生きて行けない(生き甲斐ではなくて生存として)ものなのか?
必須のものでないなら、環境や食糧問題をも無視した上で、更にリスクを取ってまで、常用ないし多用する必要があるのか?ということである。

私は食文化というのも大事なものだと考えているので、乳製品を撲滅せよとは言わない。
だから文化として残す分だけ消費すればいいんじゃないかなーと思う。
まあ、どの程度?と言われると答えに窮するが・・・(苦笑)
行楽地のソフトクリームとか、あったらいいよね。私はそこまで野暮は言わないよ。
たまにワインを飲む時に、ちょこっと美味しいチーズがあるのもいいんじゃない。

文化という見方をすれば、何でも食べられるというのも、現代の食文化とも言える訳で、異論はたくさんあろう。
しかし、食品偽装や農薬混入、食糧危機、あるいは地球全体の資源の枯渇が叫ばれている昨今だから余計に、嗜好品・贅沢品と日常品の区別って、逆に文化的にはどうなの?とぼんやり感じるのだか、そんなの私だけであろうか?
いつの間にか、毎日がご馳走になってるんだよね。
もはやアメリカ型資本主義による大量消費の時代は終わろうとしているんじゃないか?

私もガンにならなければ容易に腑に落ちなかったかもしれないのだけれど、著者の、「古来、日本には、牛乳を飲み、乳製品を食べるという習慣はなかった。近年の乳・乳製品の消費増大が乳ガンや前立腺ガンの増加をまねいているという事実を直視して欲しい」という言葉に、もっと多くの人が耳を傾けるようになって欲しいものである。

乳ガン検診のキャンペーンも結構なのだが(私はピンクリボンついては言いたいことがある)、本書に記載されているような別の視点を取り入れることも必要であろう。

女性である著者の、「世界中のすべての女性が乳ガンにならないために、万が一、乳ガンになってしまったら再発・転移を防止するために、本書を活用してくれることを願っている」という声が、少しでも多くの人に届きますように!

患者が変わらないと医療は変わらない。消費者が変わらないと製造者(供給者)は変わらない。
ひとりひとりの価値観や行動の変容が、やがては社会全体に変化をもたらすのである(はじめにより)。

懲りてから変わるよりは、積極的に変わる方が気持ちいいんじゃない!?

P.S.
骨シンチの直後には、コーラを飲むと良いそうだ。
造影剤(?)として飲む放射性のジホスホン酸テクネチウムを体外に出しやすくするそうな。
但し、普段飲む事を勧めてはいない(笑)
たまに飲むと美味しいけどね・・・私は年に1、2回ぐらいか。。

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GWの収穫

GWは、比較的まとまって自由時間が取れるので、こういう時こそ!とばかりにGW前から本を買い込んだ、というよりツンドクしておいた(いつものことか・・・)。
そいでもって結局GW後にも何冊か買い込んでた(苦笑)

要するに、最近の収穫はどんなだ?というと。。

  1. 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構
  2. 精神科医はなぜ心を病むのか
  3. ガンで死んだら110番愛する人は“殺された” 増補版―衝撃!!ガン患者8割は「抗ガン剤」「放射線」「手術」で“殺されている”
  4. メタボの暴走―「強制」健診の、あとに地獄のクスリ漬け
  5. がん治療の常識・非常識 (ブルーバックス (B-1597))
  6. アメリカの毒を食らう人たち―自閉症、先天異常、乳癌がなぜ急増しているのか
  7. 真実のガン治しの秘策―治験例が証明する進行・転移ガンの治療法を初公開
  8. 人は何のために「祈る」のか
  9. 食べること、やめました―1日青汁1杯だけで元気に13年
  10. マンガでわかる「西式甲田療法」―一番わかりやすい実践入門書 (ビタミン文庫)
  11. ディープエコノミー 生命を育む経済へ [DIPシリーズ]
  12. ほんとうの環境問題
  13. 細胞の文化、ヒトの社会―構造主義科学論で読み解く
  14. ヒトとサルのあいだ―精神はいつ生まれたのか
  15. ミトコンドリアが進化を決めた
  16. 自然は脈動する―ヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察
  17. スピリチュアリティの真実
  18. 心と身体をつなぐトラウマ・セラピー
  19. フォーカシング指向心理療法〈上〉体験過程を促す聴き方
  20. フォーカシング指向心理療法〈下〉心理療法の統合のために
  21. 神なるオオカミ・上」「神なるオオカミ・下

おや、結構ありましたな(笑)

時間があったら、個別のレビューを書いてみようと思う。
まだ読み終えていないものもあるので・・・

いつものごとく?ガンについて、健康・医療関係、環境問題、生物学、スピリチュアル、心理学といったところか。

私は、あまり小説の類を読まないが、「神なるオオカミ」は面白かった!
すごい大部の本だが、一気に読めましたよ。
あ・・・これもまた環境問題に関係してるんだね(笑)

10の西式甲田療法は、ユーモア溢れるマンガで楽しく読める。食事療法を考えている人にオススメ。
9は、西式甲田療法で難病を克服した人の体験談。勇気をもらいましょう!

3、4は共に船瀬俊介氏の著書である。相変わらずの過激なタイトルですが(笑)
3は、以前出ていたものの増補版ということで、また買ってしまった。。
書いてあることは、知る人ぞ知る、が決して新聞やテレビでは報道されないことである。
こういう本を読んで、そして医療について自分で考えるという作業をすべきと思う。

5も同様。
これは主に統計の落とし穴というか、情報の読み方を指摘して、一般に信じられているほど(報道されているほどには)ガンの治療成績は向上していないということを書いている。
この話題については、別の機会に書きます。

7は、主に食事療法についてである。
著者の鶴見隆史氏も、随分前から食事改善の重要性を唱えてきた人である。
彼の方法は、ナチュラル・ハイジーンに近いと私には思える。
この本で、上記の3が引用されている。
最近、船瀬氏の著書が引用される機会が増えてきたかもしれない。

12は、今ベストセラーになっていると思うが、養老孟司氏と池田清彦氏の共著である。
地球温暖化については、色々言われている。
しかし、何が本当に問題なのかをもう1度考えてみようよということである。

18、19、20について、私はしばらく前から、「フェルトセンス」とホメオパシーで言う「ヴァイタル・センセーション」との違い、ないしは同じものか、ということを考えてきた。
いまだに結論は出ないのであるが、相通ずるものがあると感じて興味深く読んでいる。
18は、フォーカシングやフェルトセンスに関わらず、トラウマについて深い洞察を得ようとする人に良いと思う。

ひとまず、こんな感じですか。
結局、気晴らしになってないのかなぁ・・・catface

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幸せなお産が日本を変える

電車で読んでいて、不覚にも涙しそうになった。

「幸せなお産」が日本を変える (講談社+α新書 391-1B)
吉村正著 講談社

単に自然出産についての本にあらず。

効率・スピードの追求、つまりは機械(あるいは他者とも言う)依存で楽をすることが習慣になってしまった現代生活・文化へのアンチテーゼである。

一貫して流れているのは、自然、その中に存在する人間性への気付きであり、
母性・女性への賛歌である。

物事の判断基準に、「自然な美しさ、神々しさ」というのを加えてみてはどうだろうか?
と私は思ってしまった。
ハテ?何でこんな風に思ってしまったんだろう・・・??
まだ心が洗い足りないのか、疲れているのかねぇ。
南の島にでも行くべか(笑)

大事なことは、「心を取り戻せ」ということだ。
医者は心を失くしてしまったと吉村氏は言う。
しかし、医療をサービス業とするなら、消費者である患者も心を捨てたとも言える。

感性を取り戻して、見る目と自分で考える姿勢を持つこと。

吉村氏の唱える現代社会論、男女論には、憤慨する人もいるかもしれない。
特に男女論の方に(笑)

しかし、そこに一々目くじらを立てる人は、感性が鈍っている人であり、
ユーモアも理解出来ない人(同じことか)であろうと思う。

何点か挿入されているお産直後の親子の写真が何とも美しい。
涙が出そうになりましたよ。。

もう1冊、少し前に読んだ本を思い出した。

病院出産が子どもをおかしくする (新書y 187)
奥村紀一著 洋泉社

こちらも改めて色々考えさせられる本である。

出産における医療介入の問題について、様々な事に気付く。

最近増えている自閉症などの発達障害の原因が病院出産にあると結論付けるのは早計かもしれない。
それに、そのことを医療サイドが認める日もそうそう来ないだろうし(苦笑)

しかしね。。。

「お産は病気ではない」のだ。このことは改めて考えるべきだろう。

自然に産んで、神々しい、素晴らしい体験が出来て、母子共に良い事なのだとしたら、
何で、病気でもないのに、薬やら道具(機械)やらで、ガチャガチャいじられたり、
切られたりしなければならないのか?

そういうのが必要な状況もある。
しかし、「通常」難しいとされる状況において、案外と介入が必要ないということを、上記の吉村氏は実証している。

ましてや、医者や病院の休日の都合とかでやられたのでは、たまったものではない。

改めて問い直そう。出産は病気じゃないんだよ!
神々しい、美しい体験なのである。

どちらも、母子に対する愛情に溢れていると感じられる本である。

いやこれは知らなかったな・・・って思うことがたくさん書いてある。
(まあ私が男だからかも知れないが)

読んでみて下さい。

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キュア (Cure)

久しぶりに、1日2冊読んだ。

大養生―スピリチュアルに生きる」帯津良一著 太陽企画出版

キュア cure」田口ランディ著 朝日新聞社

掲載した順番で読んだ。
別に2冊の組み合わせと順番に意味は無く、
2冊一緒に買って、何気なく電車で取り出したのが帯津先生の本だった。
しかし、両方読んだ後、何となくシンクロニシティがあったのかなとも思う。
(だからシンクロなのか。。)

帯津先生の著書は、この大養生と、五木寛之氏との対談本「健康問答2」が近頃では一番いい。
帯津先生らしさが出ていて、業界事情の押し付けも無い。
ファンとしては嬉しいね。

田口氏の方は、小説のため、ネタバレの恐れがあるので内容は書かないが、
ノンフィクションと言っても良いような構成で、色々と想像出来るよ(笑)

どういうシンクロか?

葛藤が、そこにはある。

キュアは確かにあった・・・と私は思う。

でも葛藤は残る。

帯津先生の葛藤、主人公の葛藤・・・は、もしかしたら田口氏の葛藤。
それは、私自身の葛藤でもある。

なんだろうね?この葛藤は??
そういうシンクロだった。
別の人が読んだら、全然違うことを感じるだろうけどね。

手放し切れない・・・

受け入れ切れない・・・

そして・・・「治し」ではない、「キュア」とは?「癒し」とは?

なんか悔しさも・・・残るんだなぁ。。

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科学妄信とトップジャーナル信仰 つづき

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実
マーシャ・エンジェル著 栗原千絵子・斉尾武郎共監訳

この本は、いわゆる暴露本ではなく、一般の人でも入手出来る情報を元に書かれたものである。

著者は、ニューイングランド医学雑誌(最も権威ある医学雑誌の1つ)の元編集長である。こんな事書いて、だいじょーぶですかー?って心配になる(笑)

書いてある事は、驚くべき内容ではあるものの、
なぜか、まあ、そういうこともあるだろうな、と思っていた事ではあった。
巨大製薬会社は、株式を上場している企業、すなわち「利益を出してなんぼ」の会社なのである。

どういう事が書いてあるか、詳しくは本書を読んでいただくとして、

  • 製薬会社の研究費の内訳は不明で、本当にそんなに必要なのか?
  • 画期的な新薬は、近年、ごく僅かしか開発されていない(ゾロ新薬が多い)
  • 臨床試験の結果は製薬会社の都合の良い様に歪められている
  • マーケティングに大金をつぎ込んで(研究開発費以上)、薬を売るために病気を作り出している
  • 結果、アメリカ人は、薬に必要以上のお金を払い続けているだけでなく、彼らの健康にその出費が報われていないかもしれない

本書で著者が述べている事は、事実なのであろう。
少なくとも、一般ではかなり広く支持されている様だ。
際立った反論が無かったのかな?
それゆえ著者は、雑誌「Time」でアメリカで最も影響力のある25人の1人に選ばれた(監訳者あとがきによる)。

舞台はアメリカであるから、対岸の火事と言い切れるか?

日本で流通している薬も、海外で開発されたものが多いんじゃなかったっけ?

妙な不安感というか、違和感を感じるのは、
もちろん、アメリカのそれとは違って、日本には日本の実態があるだろうが、
こういった事を真剣に訴え、疑問を投げかける良書が殆ど出て来ないような気がすることだ。
日本では、内部告発しかないのかな・・・

監訳者あとがきでも、日本の医学界ではすさまじい言論弾圧がまかり通っていることを、医学界の外にいる読者の方々はどれほどご存知だろうか、という記述がある。

これをそのまま鵜呑みにはしないにしても、
私としては、冷徹なビジネスの世界での出来事(かなり汚い手口だとしても)にはさほど驚かず(イイとは思ってないよ)、むしろ、

本書に描かれているような世界が厳然と実在しているのに、
日本では、全くそんなことは無いかのように、シーンとしていて、
そのくせ、代替医療はゴミだ屑だ、あんたらバカじゃないの、
みたいな論調を繰り広げる一部の人たちがいる。

この途方もない距離感・・・

時節柄か(笑)、それを思い浮かべて、えらい「さぶ~い」ものを感じて、心底愕然としたのである。

ちなみに、薬の、というより「病気のマーケティング」については、

怖くて飲めない!―薬を売るために病気はつくられる
レイ・モイニハン&アラン・カッセルズ著 古川奈々子訳

でも、その手口が紹介されている。

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ガンを超える生き方

ガンを超える生き方―ガンはあなたの人生に届いたメッセージ」土橋重隆著

外科医として、そして帯津三敬病院という代替医療の総本山?で、
数多くのガン患者と接してきた著者は、
「西洋医学も代替医療も、ガンを分かっていない」と辛辣だ。

著者の辿り着いたゴールは、自然治癒力である。

自然治癒力を最大限発揮するには、心の持ち方が大事であるという。

ガンは我々の人生に届いた、
「なぜガンになったのかを見つめ、人生を再構築出来るか?」
というメッセージである。

著者の述べている事は、多くのガン・サバイバーが感じているだろうと思うし、
私がHPやブログで言っている「気付き」と同じ事だろうと感じる。

こういう事を言い出すと、我田引水に取られるかもしれないし、もっと良く読めとお叱りを受けるかも知れないが、
著者の言う「ガンは患者さんの生活史の中にある」というのは、
私の言う(まあ、オリジナルじゃないにしても)、「ホメオパシーのコンサルテーションでは、患者さんが自らの物語を紡ぐ」という作業と符合すると思う。
この過程で、認識(自覚)の程度はあれ、「気付き」が得られるのである。

著者のように、「何でガンになったと思いますか?」
と、そういう聞き方は、私はあまりしないが、
本書で紹介されている患者さんとのインタビューの内容は、なかなかどうして、ホメオパシーのコンサルティングに近いものである。

だからホメオパシーでガンが治るとか、そういう事ではない。
しかし、この気付きのプロセスが、ヒーリングの一部であり、
まずは自分のここまでの物語を認識すること、それが重要な作業なのであるという事を言いたいのである。
結末を描くのは、それからである。

そういう面で、納得感を得ながら読めた本であった。
が・・・

著者のいた帯津三敬病院では、ホメオパシーも取り入れられているから、どういうものかは分かっていると思いたいのだが、
そういう言及が無いので、この人の知っているホメオパシーというのは、
私の知っているものとは違うのだな~と、ちょっとさみしい気もした・・・
まあ、ホメオパシーにも色々ありますから(苦笑)

あ、それから、著者の本で、
少し前に出版された「ガンをつくる心 治す心」という本もあるが、内容はさほど違わないので、新しい方だけ読めば十分でしょう。

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科学妄信とトップジャーナル信仰

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実
マーシャ・エンジェル著 栗原千絵子・斉尾武郎共監訳

を読み始めた。

「科学妄信とトップジャーナル信仰は歪んだ宗教か?」

だって!
イヤイヤ、かなーりシリアスな本です。
面白いよ~(笑)

しかし、また寝る時間が・・・

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やっぱり食べ物は

「病気にならない生き方 2 実践編」
新谷弘実著 サンマーク出版

以前レビューを書いた本の続編である。
前著を読んでいなくても理解できると思うし、実践編となっているだけあって、役に立つ内容となっていると思う。

食べ物についてが大部分を占める。
マクロビオティックとかナチュラル・ハイジーン等の書籍を読んできた人には、特別真新しい情報はないかもしれない。
実際、著者もそれらの書籍を読んでいるように見受けられる(まあ当然か)。
安保先生や西原先生の本も参照されている。
私としては、実績のある西洋医学の臨床医である著者が、これらをどのように消化しているかに興味があるので、楽しく読ませてもらった。

ご本人が望まれるか知らないが、先生は素晴らしいホリスティック医学者なのだと思う。

さて、同書で参照されている本で、私が読んだことがあって、そういえばそのうちレビューを書こうと思っていたものがある。

「食品の裏側ーみんな大好きな食品添加物」
安部 司著 東洋経済新報社

なんと言うか、もう読んでみてくださいとしか言えないので、レビューが書きにくかった(笑)
添加物に詳しい人は、知っていることばかりだと思うけど、そうでない人は読んでみてください。
怖くなるから・・・

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赤い彗星~英雄の肖像

私は赤が大好き!
乗っていた車は赤(2台)、赤い服が多い、スーツケース、テニスのラケット、ラケットケース、部屋のソファも、電子辞書もPCも赤っ!
それは恐らく、コイツのせい?

赤い彗星・シャア・アズナブルである。
(ガンダム知らない人、ゴメンナサイ)

「評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡 上巻・下巻」
皆川ゆか著 講談社

ガンダム世代にとって、シャアは、実在の歴史上の英雄よりもリアルな存在かもしれない。
仮面に下に秘めた過去。復讐に燃える英雄の息子。エース・パイロット。頭脳明晰。
しかし、徐々に覚醒したアムロには敵わなくなってくる・・・葛藤。
心を掴む英雄の要素を備えているよね。

シャアは、一流の見識を持ちながら、ニュータイプとしては二流であった。
これが彼の行動を読み解くキーワードらしい。
本書では、シャアの人となりを中心に「逆襲のシャア」までを描いた伝記である。
正直、ゼータでカミーユみたいなガキに殴られて涙しちゃうシャアなんて見たくはないのだが、こういう形で改めて読んでみるというのも面白い。
コミックの「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」安彦良和著 角川書店と併読すると、2度美味しい♪

あー、また寝る時間が減る・・・認めたくないものだな、(略)・・・私はもう若くないけど(爆)

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がんが消えた

「ガンが消えた~ある自然治癒の記録」
寺山心一翁著 日本教文社

寺山氏の治癒の話は、以前何かの記事か本で読んだことがある。
なので初版2006年10月20日というのを見て、「あれっ、今頃本になったのか?」と思いつつ、やっぱり買ってしまった。

読むと、やっぱり壮絶な体験で、自分なんか随分と楽なもんだったわいと感じる。
同じ体験をしたいとは思わないけれど、氏の到達した境地を思うと、少しうらやましいなぁと、そんな気分である。
そして、こういうの読むと、どうしてもウルウルしちゃうんだなぁ(笑)

寺山氏に限らず、がんも含めて、自分自身を丸ごと受け入れるようになり、自分自身に、人に、自然に、あらゆるものに感謝できるようになった人が、自然治癒の恩恵に与ることが多いように見える。
そう、がんは自分の分身でもあるのだ。感謝できるかな?
寺山氏は、痛いところに手を当てて、「愛を送る」と痛みが和らいだ(気がした)。
それを自分に施しているうちに、いつしか他の人の痛みも癒せるようになってしまうとは!
絶望が深かったから、その分だけ授かったギフトが大きかったのかな?

ちなみに、私もがんになったことに感謝できるようにはなっているが、まだまだ雑念が多くて、到底彼の達した境地には及ばない。
そもそも「ウラヤマシイ」なんて思うこと自体が、私の俗物ぶりを表わしている。
そんな私でも、「がんも結局は自分の身体の一部である」という認識ができつつある。
うまく折り合いをつけて、仲良くするしかないじゃん!

さて、読んで感動したはいいけれど、問題は、どうやって多くの人が治るようになるか?である。
誰もが寺山氏と同じプロセスで治るワケではないだろう。しかし、彼の体験・取り組みは大いに参考になる。
著者が意図した事とは違うかもしれないが、いくつかのキーワードがあると思う。

気づき、感覚を大事にする、心を開く
自分で考える、疑問を持つ
自然治癒力、エネルギー、波動、ホリスティック
感謝、愛、家族、出会い、ハグ、笑い
スピリチュアリティ、シンクロニシティ、守護霊
食事、自然食、マクロビオティック
ヨガ、歩く、運動
指圧、西式健康法、温泉、ゲルマニウム、手かざし、東洋医学
生きがい、趣味、音楽

「治ったさん」に共通するものが見えてくるような気がしない?
それを、本書のような体験談を読んで感じ取って欲しい。
本を読むことも、治療になるのですよ。

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必要な勇気

「ガンが治る法則」12ヵ条 川竹文夫著 三五館
これは、ガン患者に必要な勇気とは何か?が書いてある本だと思う。

著者ご本人もガン患者。
「あらら、この人も自分と同じような思いをしたんだ」と感じる読者は多いかもしれない。
大抵、そういう人は、同じ道筋を辿っている気がする。
「ガンになって生き方を変えた人」だ。

玄米食なんか始めて何になるんだ?そんなものでガンが治るのか?
そう思う人は多いと思う。
もちろん、それだけでは治らないかもしれないけれど、でも、何かを変えないと治らないんじゃない?
これだけ医者やガン専門病院が増えても、ガン患者どころか病人の数は全然減っている感じがない。
オマケに医療費は増えるばかり。
国や社会制度、医学が変わらないなら、自分を変えるしかないと思う。

この本では、安保理論の助けを借りて、生活習慣を改め、特に食生活を変えることが、ガンを治す道だと言っている。
「三大療法はやめたら?」と言われれば、躊躇する人は多いだろう。いや殆どか。
早期発見で、切って治った人は大勢いるじゃないかと。
玄米食なんぞをやって、切れば治ったかもしれないものを、手遅れになったらどうする?!
うん、そういう人は、どうぞガン専門病院へ。
かくいう私も、最初は手術を受けました(笑)

私も著者と同じスタンスで、自分のやり方を押し付けたくはないのです。
本人の選択が、一番重要。
著者が言うように、「これさえやれば、みんなが絶対治るという治療法はない」のであるから、「自分の責任で、すべてを選び、すべてを決定してください」ということなのである。
これは著者のエクスキューズではなくて、本当に覚悟を決めた人だけが言える実に重い言葉なのだと思う。

西洋医学(三大療法)を選択して、ダメだったら仕方がないけど、食事療法や代替医療でダメだったら悔いが残る?
そこにあるのは、「ガンは治らない」という前提である。
まあ、とことん西洋医学を信じて、「オレはこの治療で治らなかったら、何も思い残すことはない!」ぐらい覚悟の座った人ならば、案外治っちゃうかもしれないなとも思う。
つまり、西洋医学を自分を納得させるためのエクスキューズにして欲しくない。
代替医療の選択についてもまたしかり。
それが、自分の責任で、すべてを選び、すべてを決定するということなんじゃないかな。

著者は、「ガンは自分で治せる」という事に気付けと言っている。
私の解釈としては、
生活習慣や治療法とか、具体的な事柄を変えることでガンは治るということ(治療法として)。
それと、何かをキッカケにして、食事でもヨガでも代替医療でも、何でもいいけど、自分が変わることでガンが治るということ(心の持ち方を変える)。
ここには「医師に丸投げしない」ということも含まれるかな。
食事とかを変えるのは、信念・哲学が変わらないと難しいし(本当に難しいよ)、生活習慣を変えないで、信念・哲学だけ変えても治るのは難しい(場合が多い)でしょう。

最終的には、ガンに感謝し、ガンから多くを学び、ガンになる以前よりも健康で幸せな人生になったという境地に達することが大切なのだと、著者は言う。
それが、本当に「治ってる」ということなのだと。
そういう人が、増えてきているようです!

でも、そういう人、少数派でしょ?
そうです。まだね。
ちょっと、いや、かなーり勇気が要るよねー!
でもね、必要な勇気とは、さっさと三大療法を捨てることではなくて、著者の言うように「私は、きっと治る」と思えるようになるまで、治った人の体験談を読み、治った人に会い、話しを聞くことなのだと思いますよ。
治った人には、もちろん三大療法のお世話になった人だっているのです。
<治ったさん>の希望のシャワーを浴びてみてくださいね!

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シロウトのタワゴト

私はタブーを犯そうとしているのかもしれない。
帯津先生を批判することは、代替医療を志すものとしては、反逆罪に等しいのかもしれない。
私はこの方にお会いしたことはないが、著書を何冊か読んでその思想に共鳴し、長らくファンだった。あ、今でもファンですけどね(笑)
むしろファンだからこそ、批判すべきところは批判したい。シロウトのタワゴトと取られようとも。

「花粉症にはホメオパシーがいい」帯津良一・板村論子著 風雲舎

を読んだ。とてもイライラする本だった。いい事も書いてあったけど・・・。
原因は本書を通じてくどいように語られる「医者のみがホメオパシーをやるべき」という主張である。
私は「医者でないホメオパス」になろうとしている者であるから、この件に関しては利害関係者である。従ってこの記事の主張が客観性に乏しいであろうことは、念のため最初に明記しておかなければならない。

トラウマ?
「・・・ホメオパシーは医学ですから、医者がやるべきだし、ほかの医学的な裏づけなしで、ホメオパシーだけで何もかも解決しようとすると、当然無理がいっぱい出てくる。」
「ホメオパシー自体はやっぱり医学の1つなので、西洋医学を抜きにしてホメオパシーだけなんていうのはあり得ない」

これらは今日本で活躍しているホメオパスに対する警告のようにも受け取れる。
どうやら過去にあった事例が背景にあるようである。
しかし、ちゃんと教育を受けたホメオパスは、少なくともホメオパシーだけで全てが解決するとは考えていないし、どういう時に医師(アロパシー、現代医療)の助けを借りるべきかを常に考えている。
著者たちは、本当に広く日本のホメオパスを見渡して発言しているのだろうか?
まあ、そんな事さえ考慮するには値しないと考えているのかもしれない。
私でさえ、信頼できるホメオパスは日本に何人いるのだろうか?と思っているぐらいだから・・・(単に私が知らないだけかもしれないけど)
でも本書に流れるエネルギーは、何かのトラウマから来ている。そんな感じだ。それぐらい、くどい(これも私のDelusionかもしれないが)。

「ホメオパシーは医者がやらなければだめだ、という立場があります。これはこれで確かなことですが、医者がやらなければならない一番大きな理由は、1つの世界に閉じこもらないということです。」
これは結局、彼らが直面した事例(またはホメオパス)を指しているのだろう。
しかし彼らの論旨からすると、彼ら自身もまた、医師という枠にがっちりと囚われてしまっているように見える。

なるほど「医者でない人が1年ばかりホメオパシーを勉強して、治療者の側に立つと安易に言われた時、わたしはびっくりしました。」とは、同感である。
これがどういう人を指すのか不明だが、確かに1年でプラクティショナーになれるコースというのはイギリスでも聞いたことがない。ロンドンに2年のフルタイム・コースはあるようだが、私の先生は、フルタイムでも2年では短いと言っている。
何年のコースが妥当かは意見が分かれるだろうが、結局はホメオパシーに限らず、卒業後も勉強に終わりはない。
現在のヨーロッパの標準的なカリキュラムでは、フルタイムで3年、パートタイムで4年である。
1年は確かに短い。だが、しっかりしたカリキュラムで3年ないし4年勉強している人からすれば、そういう人たちと一緒にして欲しくないところだろう。

本書では一方で、西洋医学の医者でも、修羅場をかいくぐっていない人がたくさんいるとか、医者として努力しないでやっているのがいっぱいいて、それが弊害を生み出しているとか、医者の中には、本当に真剣になって患者さんのことをよくするのだという気持ちに欠けている人がまだ多いなどと指摘もしている。
もちろん、こういった発言は、長年真摯に患者さんのために腐心してこられた帯津先生だからこそ、偽らざる心境として語られたことであろう。
その帯津先生だから、すんなりとホメオパシーの深い領域に入り込めたのかもしれないし、ご自身がやっておられる事が、そうやすやすと他の人に真似できるようなものではないとも思っておられるのではないか?
そしてこれは、「医師だから」「ホメオパスだから」というカテゴリーの問題ではないはずだ。当然、「西洋医学の医者でも」という主語は、「ホメオパスでも」と置き換えられる。
そもそも、ホメオパシーが医学だの医療だとするならば、ホメオパスというのは、「ホメオパシーを行う医師」なのである。法律上あるいは通念上「医師」という呼称が与えられないだけだ。

ホメオパシーという西洋医学とは別の医学体系の存在を認めておきながら、それは西洋医学の医師だけがやるべきと言う。
医師がその知識、臨床経験の豊富さから、良いホメオパスになる可能性は高いし、近道が出来る人もいると思う。では、西洋医学の医師でなくてはホメオパシーが出来ないという根拠はというと、大変希薄であると思う。
本来は、ハーネマンの言うところの真の医術者になるための資質はどういうものかという所からスタートすべきであって、医師だから、会計士だから、という問題ではなくて、患者さんと向き合っていくために必要な資質や技能は何か?ということを考え、それをどうやって培っていくかを考えるのが健全な態度だと思う。

ホメオパシーを支えている人たち
現在まで日本のホメオパシーを支え、広める原動力となっているのは、患者さんである。そしてホメオパシーを勉強している人の多くは、患者としてホメオパシーに出会い、その素晴らしさを知り、ホメオパスになろうとしている人たち、あるいは現代医療以外の何かを求めて、ホメオパシーに辿り着き、治療者として病気の人に役立ちたいと思っている人たちであろう。
アメリカでのホメオパシーの再興において、民間でホメオパシーの素晴らしさを密かに伝え続けてきた人たちの力が大きかったように、日本でもこうした人たちの下支えがあってこそ、広く定着していくものだと思う。
「医者だけがやるものだから」と言うのは、こういった人たちの熱意に思いっきり冷や水を浴びせ、その志を蔑ろにすることにもなるだろう。

課題は教育
医師でなくては良いホメオパスになれないという事にはならないだろうし、医師だから良いホメオパスになるという事にもならない。逆に医師がホメオパスになってはいけないということもないし、医師以外の誰でも良いホメオパスになれるわけでもないだろう。
そして、現在の日本のホメオパスの技量や倫理観、プロフェッショナリズム等が、平均的に安全かつ患者さんが満足しうるレベルにあるのかに疑問を投げかけるのは、日本のホメオパシーのために非常に良い事だと思う。
ホメオパシー学校の質的・量的な問題にも目を向けなくてはならない。

最大の問題は、教育である。
少しでも多くの良いホメオパス、あるいはホメオパシーの専門家を育てるという事が最重要課題であり、誰がなるべきかという問題ではないハズで、この部分は論旨のすり替えが起こっていると思う。
だからこそ、そして帯津先生のような方だからこそ、ヘンな枠に囚われずに、ホメオパスの教育という事に目を向けて欲しかった。もう少し広い視野で「ホリスティックに」考えて欲しかったと思う。
肝心なのは、経験豊富なホメオパスを育成する事であって、経験豊富な医師がホメオパスになることではない。但し、経験豊富な医師がリードしていくのは、現状においては望ましい姿とは思う。
日本において、臨床経験が豊富な医師と、まだ駆け出しの人が多い(と思われる)ホメオパスを比較して、ホメオパスは修羅場をくぐっていないなんて言っても仕方がないではないか。どうしても比べたいなら、3年のフルタイムまたは4年のパートタイムのホメオパシー学校を卒業したばかりの人と、医学校を卒業して医師免許取りたてホヤホヤの人を比べて、どちらがそれぞれの分野でその分野なりに治療が出来るかを比べたらどうなのか?その時には、「この2つは全く別の医学体系だから」と言うのだろうか?

「Vital Force-生命の活力-」という雑誌のウェブページから引用する。
-引用-
西洋医が漢方薬を出す弊害
医業があって医業類似行為があるとしましたが、その中でも、西洋医学の医師は特別待遇と言ってもいいかもしれません。治療行為においては、まったく規制がないに等しいのです。
でも、おかしいと思いませんか。西洋医学の医師は、西洋医学の勉強をして資格を得られます。なのに、漢方薬が処方できたり、鍼治療や灸もできます。もちろん、医師になってからしっかりと勉強して、それを治療に取り入れている医師も少なからずいますが、簡便な漢方薬が出てきたこともあって、従来の漢方治療から言えば邪道とも言うべき形で処方している医師がとてもたくさんいます。それによって患者は危害を被っているという事実も明らかになってきています。
西洋医師は、何でもできてしまうというのは、日本くらいだそうで、この部分こそ、もっと法律で取り締まる必要があるのではないでしょうか。
「たとえば、整形外科領域では、膝が痛いと言ってこられる人には、芍薬甘草湯という漢方薬がよく出されます。漢方薬は、患者さんの証(体質)によって処方するわけですが、西洋医師がよくやるのは、西洋薬と同じように、膝が痛いときはこの薬という出し方をします。薬草によって、補(生気を補う)とか瀉(邪気を抜く)という作用がありますが、補瀉も考えずに対症療法として漢方薬をだせばダウンする方が出て当然です。一昔前にあったインターフェロンと小紫胡湯の飲み合わせによって死者を出した事件はこの典型的な例です。
 西洋医学の医師が、その真髄を知らない東洋医学の世界に法律の後ろ盾だけで踏み込んでよいのか疑問でなりません。」http://www.togoigaku.jp/vf_backnumber13.html#13-1
-引用終わり- (ちなみにこれは医師のコメントである)

ホメオパシーについても同様のことが起こりうる。
英国においては、Faculty of Homeopathsに所属するホメオパスの多くは、つまり現代医療の医師であり、かつホメオパシーを併用する医師は、レメディの処方がアロパシー的であるとの評判である。つまり、レメディを薬のカテゴリーの1つとしてしか扱っていない人が多い傾向にあるようだ。
著者たちは「日本ホメオパシー医学会」を立ち上げ、Faculty of Homeopathsと提携している。
この日本の団体でも、Facultyの教育システムを取り入れているようだが、一体どういう教育をしているのであろうか?ウェブサイトでカリキュラムを見ると、アロパシー的?と思わせるものである。

ここでは多くは書かないが、この医学会の方針も首を傾げたくなる点が多い。
この団体では、医師と獣医師は、所定のコースを履修・試験をパスするとホメオパシー専門医になれる。それ以外の歯科医師、鍼灸師や薬剤師などの人たちは、認定医にはなれるが、専門医にはなれない。この区別(差別?)は何か?
また、「誓詞」というのがあって、「西洋医学を修めたものとして、自らの専門性の範囲の中で治療を行う」とある。ここに彼らのホメオパシーに対する姿勢が見て取れる。ホメオパシーって一体どういう医学体系なんでしょうね?
レメディを誤って使うと、Suppression=抑圧的に作用する事がある。純粋なホメオパシーの哲学から外れた処方は、結局は一時しのぎにしか過ぎないのであって、それはつまりはアロパシー的であるということだ。アロパシー的である事が悪い事とは限らないが、ホメオパシーが害をもたらすのは、概してこういう運用をされた場合である。

どういうホメオパシー?
帯津先生は、「西洋医学的思考を一回捨てたところからホメオパシーを始めないとうまくいかない」という主張については、西洋医学あるいは中国医学の思考過程があるから、ホメオパシーをやるときに近道が出来るといった事を言っている。
それはそうかもしれない。それでも、この人たちのホメオパシーとは一体どういうものなのか?という疑問は深まるばかりだ。少なくとも、クラシカル・ホメオパシーだとは明言していないみたいである。まあ、これはこれで別に構わない。ホメオパシーだって色々な流派(?)がある。でも、プラクティカルの人たちは、自分たちはプラクティカルだと言っているし、クラシカルもまたしかり。
この方たちのやり方も、それはそれで良い。しかし、ホメオパスとして自分たちのやっている事こそ正しいかの様に言って欲しくはないものだし、少なくともホメオパシーという一括りの中で、自分たちがどういうスタンス、方法論なのかは明確にして欲しい。ホメオパシーとしてやるのか、それともアロパシーのオプションとしてやるのか?
ただ「ホメオパシーもやってます」と言うのは、それこそ医療の混乱ならぬユーザーの混乱を招くだろう。

例えば、本書の標題となっている花粉症の治療については、「花粉症の治療が多様化できる」といった記述があり(板村氏による)、しかも「ホメオパシーではアイソパシー(Sam注:花粉症には花粉で作ったレメディを処方するという方法)のほかに、症状に合わせて選んだレメディ、体質に合わせて選んだレメディという順序で診ていきます。」なんていう記述をしている。

ホメオパシーを勉強した人は、どう思いますか?
学校に通っていなくても、これがいかにおかしな発想であるか分かるでしょう(少なくともクラシカルの立場からは。もしかしたらプラクティカルの立場からも)。仮に診方の順番があるとしても、全く逆である。
この方の紹介している他のケースを読むと、とても良い処方をしているように見えるものもあるので、何でこういう発想なんだろうかと首をかしげてしまう。
今度、日本でマッシモのセミナーが医療従事者のみ参加可(日本ホメオパシー医学会主宰)で開催されるらしい。マッシモは、非常に厳格なクラシカル・ホメオパシーを実践している。「花粉症だから花粉のレメディ」なんて言うわけがないから、当日の反応が楽しみだ。

世界の現状
本書では、これでもか、これでもかと言わんばかりに、「医者がホメオパシーをやるべし」と繰り返し主張している。まるでそれがこの本の主旨であるかのようである(本当にそうかもしれないな)。これはこれである意味滑稽だとも言えるのだが、その中の1つに世界の事情についての記述がある。
これらは間違ってはいないのだが、もっと詳しく紹介しないと不公平だろう。

フランスでは、医師しかホメオパシーを行えないが、レメディは30C(ことによるともっと低い)までである。どういうことか?ざっくばらんに言うと、「高希釈のものは物質(薬物)がないから」ということだそうである。もちろん低ポーテンシーだから治療が出来ないという事ではないが、治癒の可能性を制限することになるだろう。

ホメオパシー発祥の地であるドイツのことには、本書では殆ど触れていませんね。

アメリカでは、新しいムーブメントが起きているそうだ。ミネソタやカリフォルニアを初め、幾つかの州で、Unlicensed practitioner(国家資格を持たない治療家)の活動を認めている。もちろん、野放しというわけではない。アメリカはまた、この国独特の複雑な事情がある。医師であっても、ホメオパシーを行えないという州法があると、その州ではホメオパシーはできない。また医師やカイロプラクター等のライセンスには、厳密にやっていい事といけない事の線引きがハッキリしていて、例えば医師であってもホメオパシーはできないとか、鍼はやってはいけないとかが明確に定義されている。この境界は西洋医学とホメオパシーの関係に限らない。そして法律が州によって異なっている。
加えて、医療に関してはAMA(全米医学協会)が圧倒的な力を持つ独占市場である。(どこかの国と良く似ている・・・じゃなくて、どこかの国がマネをしてるのか?)この団体が、その昔アメリカでのホメオパシーを撲滅したことは良く知られている通り。
最近アメリカでは、Health freedom activityという流れが進行していて、こういった活動をしている人達の熱意がミネソタやカリフォルニアの法律を変えたそうである。これは、消費者(患者)が彼らの望むヘルス・ケアを選択する自由を認めさせ、この為にもそれを提供する治療家を保護しようというものである。

イギリスでは、本書に書かれているように、医師でなくてもホメオパスとして活動出来る。幾つか認定団体があり、倫理規定等を定め、厳しい認定基準を設けて、良質なホメオパシーを提供すべく活動している。近いうちにFaculty以外の団体は1つの団体に統一する動きになっている。
イギリスでは標準的な医療はタダである。安いからホメオパスに診てもらうのではない。逆である。個人の意思・選好がそこにある。そしてお金持ちは、大枚をはたいてカリスマ西洋医師に診てもらうらしい(タダの医師・病院は概して評判が悪い)。

ベルギーは確か、医師はホメオパシーをやってはいけないことになっていると聞いた。コンセプトが正反対だからという理由だったと思う。

インドはこれまた特殊だ。インドも医師しかホメオパシーが出来ない。医学校では途中の年次までみんな一緒に基礎学科を勉強し、途中からアロパシーとホメオパシーの専門コースに分かれる。ホメオパシーを専攻した者は、ホメオパシー医としてドクターとなる。どこかの国のように、排他的特権を持った医師が、専門的な勉強もせずにホメオパシーや他の療法をやっていい国とは違う。

このように、一口に医師がホメオパシーを行うことになっていると言っても、国によって事情は様々で、「だから日本もそうしましょう」というのは我田引水だ。
個人的には、インドのシステムが理想と思うが、日本で実現するには100年ぐらいかかるのではないだろうか。

統合医療とは?ホリスティックとは?
本書にこんな一文がある。
「いずれにしても1つの医学で全部やろうというのは無理だと思います。ここでもう効かないと思ったら、西洋医学だろうと中国医学だろうと、自分の出来る範囲で切り替えるのです。」

半分真実で、半分はファンタジーだと思う。
自分の出来る範囲ってどうやって定義するのだろうか?それを完璧に全う出来る、つまり他の分野から効果的(害がないという意味も含めて)に治療法を選択出来る人もいるだろうし、帯津先生もそうした1人なのだろう。だが、帯津先生のような達人の域に達した人が一体何人いるというのだろう?
自分の出来る範囲でというのは、考えようによっては恐ろしい発想だと私は思う。個人差が大きいし、何よりも個々の医術を軽率に考えすぎてはいないか?
これはシステムとして成り立たないと思う。飛びぬけて優れた者だけが達成できる属人化されたアートを、統合医療といったシステムにはできない。システム化が必ずしも良いとは限らないが、全員がピカソやモーツァルトではないのだ。

統合医療とは、異なる医術を単にメニューに並べただけの「いいとこどり」なのか?
あるいは現代医療のオプションに過ぎないのか?
この課題については、松本丈二氏による「ホメオパシー医学への招待」で論じられている。私も松本氏の意見に賛同する者であるので、是非同書をご参照いただきたい。私のようなシロウトが発言するより、よっぽど説得力があると思うので(というわけで、オススメ本に入れます)。
要するに、単に各種の療法を都合よく取り入れたから、それが統合医療というわけでもないし、それぞれの療法同士の相性というのも考慮しなければならないのである。

「いま、世界中で統合医学・総合医学の名称のもとに、現代医学を含め伝承医学・民間療法に至るまでの療法の寄せ集めを行おうとする動きがありますが、患者のからだの中でこそ、それらの統合がなされなければ、本来の主旨が生きていない」という寺山心一翁さんのコメントが安保徹先生の「病は気からの免疫学」で紹介されている。
深い言葉である。

今のまま行くと、「全く新しい統合医学」ではなくて、西洋医学のカテゴリーの1つになってしまいそうな気がする。名前が西洋医学や現代医学のままでも、内容が全く新しくなるならそれでも良いのだが・・・

何ゆえ、代替医療が見直されてきて、その先に統合医療なるものが必要であると考えるのか?

最も大きな要因は現代医療が抱える問題であり、技術的なことのみならず哲学的なこと、そして制度的な問題点を見直さなければならないのではないだろうか?
西洋医学に哲学は無いという人もいるが、無いという事も含めて、哲学的なことは結局、技術的な問題点に繫がる。救急医療等、一部の分野で現代医療は絶対必要なものだが、慢性病を初めとして、現代医療では病気は治せないという認識が広がりつつある。ここから始まるハズだ。
統合医療という概念を確立する過程では更に、従来の医療制度全体を見直すという視点が無くてはならないはずだが、逆に従来の医師・医療システムの枠組みでしか医術というものを考えられないのであれば、結局その発想は、現在の医療の域を出ない可能性がある。

あくまで西洋医学の立場から、これらを補完する為に代替医療を統合したいのか、それとも新しい立場から、真にホリスティックな医療を創造するのか?この出発点は重要だと思う。そしてとてつもなく難しい課題なのだ。中国医学にせよホメオパシーにせよ、それ自体が1つのホリスティックなシステムなのである。これらをバラバラに解せるのか?解したところで、どう再編成するのか?

ホメオパシーや他の医療を、現行の医師や医療制度の枠組みに押し込んで、それでホリスティックです、統合医療ですとは言えないだろう。
結局最終的には、雑な言い方をすれば個々の医療の集合体ということになるであろうが、少なくとも「いいとこどり」ではないハズだ。
西洋医学のオプションやオマケではなく、しっかりとした相互補完関係としてのシステムを構築するということになるべきであり、その時点で初めて、1人で全ての領域を駆使する「ホリスティック医師」を養成するという事が可能になるのではないか?そこまで達成出来てから、真のホリスティック医学が創造出来るのだと思う。

誰のための医療か?
ホメオパシーはホリスティックな体系である。だからといってこれは、「完全な」という意味ではない。ホメオパシーにも弱点はある。
レメディの効果は常にその哲学と一体である。そういう意味でもホリスティックだ。ただ「何々という症状に効く」という類のものではないのだ。レメディの効果だけを切り取って利用するという発想が出たら、その時点で厳密にはホメオパシーではない。
そして良く知られているように、現代医学(アロパシー)とホメオパシーは、その根本的な治療戦略が正反対である。それでもアロパシーとホメオパシーの相互補完体制は必要だし可能だと思うが、それはお互いがそれぞれの長所を最大限発揮した上で、初めて足りない所や苦手な部分を補っていくべきであって、つまみ食い、あるいは片手間で両方を使い分けるようなやり方は、結局患者さんにとって不満足な結果に終わるのではないか?

同様に、例えばホメオパシーと漢方の相性なども、じっくりと研究されなければならない。
本当に怖いのは、現代医療に限らずホメオパシーにおいても、患者さんのためにと思ってやっていると考える事それ自体が、医療者自身を満足させるだけで、結果的に患者さんのためになっていないという事だと思う。

Health freedomに向けて
いささか八つ当たり気味に批判して来た。いや、ハッキリ言って、八つ当たりの愚痴ですハイ・・・
ここで一応、著者たちの取り組みは評価されるべきものであるということは言っておかなくてはならない。
本書でも、日本のホメオパシーの現状が、日本での歴史が浅い事に起因していて、患者さん側の認識がキチンと出来上がっていないということもちゃんと指摘している。実際、別の記事に書いているように、私もセルフケアの現状には危機感を抱いている。
それから、ホメオパシーへの取り組みについても、私は彼らのようなやり方はしないと思うが、いま彼らが行っているような方法で、多くの患者さんの助けになっていることも事実だと思うし、特に癌の患者さんに対しては、コテコテのクラシカルな処方が必ずしも適切とは限らないと個人的には認識している。

また、私の個人的な発想としては、どういう治療法を選択するかは、患者さんの自由であって、必要なのは正しい情報を提供することだと思っているので、数あるホメオパシー、ホメオパシー的な、ホメオパシーっぽい、又は一見ホメオパシーに見える療法があって(笑)、それぞれこうなっているという情報の元に、患者さんが選択すれば良いことだと思う。それをアドヴァイスできる人がいることが理想だが。
その為にも、偏った情報提供は避けられるべきであって、そういう観点から、本書の「医者が、医者が」という論法が残念でならない。
もちろん、私の論調もまた偏っていると指摘する人もいるだろうけれど、「帯津先生がこう言っている」というだけで、一部の人達には絶大な影響力があるだろうから、そのインパクトからすると私のブログなんてお話にならないだろう。

私の理解では、帯津先生は西洋医学の医師でありながら、従来の医師の枠に囚われない、ホリスティックなアプローチと代替医療への理解によって、従来の医療を超えた治癒を可能とするというのが、その最大の魅力ではなかったか?私の妄想に過ぎなかったのかな?その帯津先生が、ホメオパシーの療法者に理解がないというか、単に切り捨てるだけの様な態度で終わってしまっているというのは、残念な話である。ほんと、残念(ブツブツ・・・)

ファンとして善意に解釈すると、本書中の帯津先生の言葉は(これがご本人のナマの言葉なのかは不明だが)読みようによっては、少し含みを持たせているようにも取れる。悪く言えば、どちらにも日和っている。つまり後から、訂正出来るような表現になっているよう感じられる部分がある。
ええ、そうです。あくまで感じです。感じたいんです。私も少し日和ってます(笑)
編集で、「こう言ってください」という事になっているのかなー?などと少しだけ希望をもっているのだが・・・。

実際、これだけの人なので、各方面から「~会長」とかで神輿になることが多いようであり、ご本人はご多忙ゆえもあってか「よきにはからえ」という感じの、リラックスした方と聞いている。
先生が最後には、「統合医療においては、鍼灸も指圧も整体も気功も太極拳も食事療法も医師がやるべきだ」なんて言い出さないことを祈っている。
気功だろうが、自然食品だろうが、病気を治す力があるという意味では、みんな「医薬品」なのだから。(そういう意味では、主婦の方々は、皆さん医者ですね)

最後に誤解の無いように付け足しておきたい。
昔の記事にも書いたが、柔軟で自由な態度でホメオパシーを真摯に勉強されている医師の方を私は何人も知っている。
そして、そういった人たちと協力し合って、日本に健全なホメオパシーが定着するように、プラクティスも含めて活動できたら幸せだなぁと個人的には思っている。
もちろん医師の方に限らない。私はホメオパスであろうとしている全ての人と、病に苦しむ人たちのために、明るい道を探して行きたいと思う。

真剣に、深刻にならずに、囚われず、偏らず、ひたむきに、楽しく。
・・・わっ、もっともっと勉強ですね~☆

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ホメオパシーの古典2冊

「ホメオパシー医学哲学講義」
ジェームズ・タイラー・ケント著
松本丈二・永松昌泰訳 緑風出版

ホメオパシーの創始者サミュエル・ハーネマンの「Organon of the Medical Art」と共に、ホメオパシーを学ぶ上で避けては通れない名著。殆どのホメオパシー学校で、指定図書となっている。
ケント自身が、「Organonの解説書的位置付け」としており、ハーネマンの教え、ホメオパシーの真髄を徹底的に理解するためのものである。
元々は、当時のホメオパシー学校の大学院での講義を収録したものあり、レベルとしては、一通りホメオパシーを勉強した人を対象にしている。従って、結構難解な部分も多い。
しかし、少々分からないところがあっても、「ホメオパシーの真髄とは何ぞや?」ということを知りたい人は、読んでみる価値のある本である。
ケントは、偉大なホメオパスであると共に、偉大な教師でもあった。が、あまりに偉大過ぎて、常人の及ばぬ域に達してしまったのか、彼の教えはかなり教義的であり、それゆえ説得力もあるが、人によっては拒絶反応を示すかもしれない。
また私は、訳者の松本氏の言うように、ケントの述べることが全て正しいとも思わないし、ハーネマンやケントから現代に至るまでに、数多くのホメオパスたちの尽力によって新しい発見があり、この本で述べられている事全てが現代に適用出来るとは限らないと思う。
それでも、ホメオパシーや医学を志す者には、ケントの深い洞察に触れることによって、必ずや何か得られるものがあるだろう。

「ヴィソルカス教授のサイエンス・オブ・ホメオパシー〈上〉・〈下〉」
ジョージ ヴィソルカス著
秋山 賢太郎訳 IACHジャパン出版局

ヴィソルカスは現役の人だが、この本は既に古典と言える程、ホメオパシー界では定着している凄い本。
ケントと同様、ホメオパシーを学ぶ者の必読書である。
ヴィソルカスは、ホメオパシーにおける世界最高峰の1人である。医師、ホメオパス、これからホメオパシーを学ぼうとする人、世界中から数多くの人が彼の所へ学びに行く。本人が喜ぶかどうかは分からないが、彼の存在は現代版ケントとも言えるだろう。
この本は、分かりにくいとされるホメオパシーの基本原理、方法論等を、現代科学の言葉を使って説明した最初の本であろう。今まで翻訳されなかったのが不思議なくらいだ。
そうは言っても必ずしも易しい本ではないが、ホメオパスになろうとする人はもちろん、むしろホメオパシーを患者として利用する人にこそ、読んで欲しい本である。
実は、私は英語版しか読んだことがないので、訳がどうなのかは分からない。ケントの本についても言えることだが、この類の本には特に、訳語の問題が付きまとう。翻訳者の方々の苦労というのは計り知れないものがあると思う。しかしながら、仮にこなれた訳になっていないとしても、この本の価値が減ずることはないと信じている。
これからの日本のホメオパシーのための、最良の1冊であることは間違いないであろう。

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病気が教えてくれる、病気の治し方

「病気が教えてくれる、病気の治し方 スピリチュアル対症療法」
デトレフゼン&ダールケ著 シドラ房子訳 柏書房

なんともまあ、ホメオパシーっぽいタイトルではないか(笑)
しかし「対症療法」っていうのは、ちょっといただけないなぁ。

本書はホメオパシーの本ではないが、現代科学の敷地を離れて、ホリスティックな病気と治癒の哲学を提供する。
ホメオパシーを学ぶ上でも参考になる本であり、私の先生も、この本を薦めている。
東洋の哲学が随所に織り込まれていて、日本人には読みやすい(受け入れ易い)内容だと思うのだが、ドイツ始め欧米でベストセラーになったが、日本でそんなに売れたと言う話は聞かないから不思議なものである。
英語版のタイトルは、「The Healing Power of Illness」である。英語版を引き合いに出すと、知っていると言う人は結構いるかもしれない。

前書きにもある通り、本書は難しくはないが、単純でもない。学問的とはいえない。
この本は、道端に座って空っぽな決まり文句をくり返しながら時間をつぶすのではなく、道を進んでいきたい人のために書かれたものである。
ホメオパシーのみならず、ホリスティック医療の道を進む人には、一読の価値があるだろう。

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身体が「ノー」と言うとき

なかなか読み応えのある本に出会った。
「読み応えのある」とは、私の場合、最初から最後まで飽きないということを意味している。

「身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の対価」 ガボール・マテ著 伊藤はるみ訳 日本協文社

内容については、あまり語りたくない。
疲れているから・・・ではない(笑)
書き始めると、すごい量になってしまいそうだからだ。既に私の本は付箋だらけ。
こういうのを別の言い方をすると、消化できてないと言うのだろう。

著者は、様々な症例を通して、心の奥底に抑圧された感情が、自己免疫性疾患や、アルツハイマー、癌などの深刻な疾患の引き金になっていることに気付き、精神・神経・免疫・内分泌学にその答えを求めた。
随所にちりばめられた現代医療への警告、著者が辿りついたのは、ホリスティックな視点だったのだ。

興味深い話はたくさんあるが、その中でも、ポジティブ思考の弊害については、考えさせられるものがある。我々は内面のネガティブな部分にもっと目を向けなければならないと、著者は言う。人によっては、ネガティブな感情を忘れてしまっていたり、自分では気付いていない。そういった感情が蓄積すると、身体が代わりに「ノー」と言ってくれるのである。

本書は、「何で私がこんな病気になったんだろう?」とか、「自分はポジティブ思考なのに、なぜかうまくいかない」といった人に読んで欲しい本である。
強いて言えば、ホメオパシーについて触れてくれなかったというのが不満だろうか。せっかくホメオパシーの哲学に近い線に来ているのだから・・・

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赤ちゃんの進化学

西原氏の他の著作は私のお気に入りとなっている。
しかし、自分はまだ独身で子育ては関係ないと思っていたため、この本は最近まで手に取ることが無かった。

「赤ちゃんの進化学」 西原克成著・日本教文社

ロンドンに来て、しばしば同僚や友人が「イギリスの子供は、いつまでもおしゃぶりをしている」とか「いつまでもバギー(乳母車)」に乗っている」という話をするのを聞いた。
なるほど言われてみれば、結構大きな(?)子供が、おしゃぶりをしているといった光景をよく目にする。
ちょうどホメオパシーの勉強でも、この分野に関する知識を自分なりに補強する必要を感じており、日本で書店をうろついていたら、育児書とは全く別のコーナーで偶然本書を発見した。

哲学書の売場である。「なんで赤ちゃんなのか?」と見ると、著者はお気に入りの西原氏。「そういえば別の本の著者略歴に著作として載っていたっけ・・・」いかに興味がなかったかが分かる。
前書きを読むと、
「日本の育児法は間違っている」
もう買い!(笑)
私は、ひねくれ者ではない・・・いやもとい、結構ひねくれ者だが、病気がちだった子供時代や、後に癌になったという“環境”から、癌になったことをキッカケに、食生活・健康法・医療等の常識を疑うようになった人間である(まあ素質はあったわけか)。こういう謳い文句にはどうしても魅かれてしまうんだよなぁ。

さて、何が間違っているのか?
前書きから引用しよう。
育児・六つの誤り

1.  “おしゃぶり”を一歳ごろ取り上げる。

2.  “おんぶ”や“抱っこ”をしなくなり、ゆりかごも使わなくなった。つまり子供を愛撫したり、ゆり動かしたりして可愛がることをしないで、親とナースの都合でぽんと寝かせておく。しかも横向きやふせ寝をさせる。

3.  舌でなめながら、ハイハイをじゅうぶんさせて遊ばせることをしない。

4.  乳母車を早くやめて、歩かせる。

5.  離乳食を与える時期が早すぎる。

6.  冷たいミルクを一歳ごろから与える。

何で間違っているかについては、是非本書を読んでいただきたいが、面白いのは、元々日本の育児法は正しかったということである。敗戦後、当時の欧米の育児法を取り入れたことが間違いの始まりだそうだ。
当の欧米は、約60年前(本書執筆平成12年)から、自分たちの育児法が間違っていることに気付き、その後の研究により、約20年前までには、殆ど上記の6つの誤りを訂正してしまったらしい。
例えば「離乳食は3ヶ月目から与える」という方法。これはスポック博士(スター・トレックではない)というアメリカの有名な医師が提唱したそうだ。これが日本の厚生省(当時)の虎の巻だったらしいが、ご当地アメリカでは、この育児書を信じる医師は、今や医師失格の烙印を押されるという。
さすがに厚生労働省も、最近になって「離乳食は5、6ヶ月目から」と変えたそうだ。
(インターネットで調べてみると、授乳期間は、アメリカでは1年以上で後は出来るだけ長くとなっており、WHOは2年と言っているようだ)

どうも日本という国は、最先端の分野も多いのだが、いまだに欧米の数年後を追いかけている分野も多いと感じる。
食習慣もしかり。食生活の欧米化で、病気も欧米化している(日本独特のものは減ったかもしれないので、それは差し引かなければいけないと思うが)。アメリカは、先進国で唯一癌患者が減った国である。これは食生活の改善が大きいと指摘されている。まあそんなにアメリカ人全体の食生活が変わったのか、私には分からないし、逆にそれほど酷かったのかとも思うが、少なくとも、和食ブームが起きたりしたし(イギリスでも和食はヘルシーだと思っている人は結構いる)、和食の良さを指摘する欧米の栄養学者は多いようだ。ダイエットだって、マクロビオティックなどは、元々は日本の伝統食だ。
日本人はこれまたアメリカ発や欧米発に弱いようで、マクロビオティック(久司さんはアメリカで広めた)やヨガ(ハリウッド・ヨガやピラーティス)も、ブームに火がついたのは「欧米発」だからかもしれない(セレブに弱いという見方もあるが)。かくいう私も、こうして「アメリカが~、欧米が~」と言っているのである(笑)
しかし、アメリカの真似をすると痛い目に遭うだろうなという点は、彼らは良いと思ったことにガンガン突き進むけれど、「あ、間違ってた」となると、これまた物凄いスピードで修正してしまうことである。日本人に、これは真似が出来ないのではないか?進むのは結構早いかもしれないが、戻ったり、修正したりは時間が掛かる。その弊害の1つが育児法なのかもしれない。

ついつい脱線してしまった・・・
とにかく目から鱗の話が多い本書だが、反論だってあるかもしれない。いわゆる専門家の反論を聞いてみたい気がする。
日本の育児書がどういう事を書いているか、今度帰国した時に調べてみよう。
いずれにしろ本書は、育児マニュアルの類の本を選ぶ際の、最良のガイドになると思う。
本書を読んでファンになったら、「究極の免疫力」(講談社インターナショナル)あたりをオススメする。

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薬が効かない!

夏休み中に何冊か本を読んだ。
その中で、面白い本があったので紹介したい。

「薬が効かない!」三瀬勝利著 文春新書

これはタメになる本だと思う。
抗生物質に対する「耐性菌」の氾濫によって、感染症による死亡が増えており、高齢者は特に癌より肺炎に注意すべきだと著者は言う。「抗生物質があるので、感染症などは恐れるに足らない」という時代はとっくに過ぎ去っているそうだ。
著者は、病原性微生物の分類(細菌、ウィルス、原虫、真菌)、抗生物質が作用するメカニズム、抗生物質が効かなくなったワケ、副作用のない薬は作れない等々を、分かり易く説明していて、一気に読める。
また、抗菌グッズの氾濫については、以前から他にも、藤田紘一郎氏などが警笛を鳴らしていたが、その危険性について分かり易く記述されている。

私は恥ずかしながら、インフルエンザには抗生物質は「本質的に」効かないという事を、今まで知らなかった。実際、多くの人は、抗生物質が効かない時は、ウィルスが新種だからだとか、猛威を振るっているからだとか、「なんとなく」納得していたのではなかったか?
著者の説明によれば、抗生物質は細菌に対して作用するものであって、ウィルスには作用しない。つまりインフルエンザには抗生物質は効果がないのだ。じゃあ何で医者はインフルエンザの患者に抗生物質を処方するのか???
いい本を書いてくれた著者のためにも、買って読んでもらいたいので、あまりネタバレにならないようにします(笑)

私のようなホメオパシーの学生としては、「病気を治すのはあくまでも我々に備わっている体力であり、防御機構である」「感染症にかかるかどうかは、我々の肉体だけでなく、精神状態も大きく関わっている事である」といった記述を読むと、これらはホメオパシーでは当たり前なんだけどなぁ・・・とつい思ってしまうとともに、このことを既に200年以上も前に明言していたハーネマンの慧眼に改めて感心してしまうのである。

Anyway、一度読んでみてください。

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