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2005年11月27日 (日)

セルフ・ケア3

【Mission Impossible1】
世界の経験豊かなホメオパス達が、最も困難だと考えている患者、それは自分自身です。数多くの患者さんを治療し、古典から現代に至る文献に精通し、他のホメオパス達と情報交換し、常により良い方法論を探求している・・・そんな彼らが、自分のSimillimum(根本体質レメディ)を見つけるのは大変困難だと感じており、学校では生徒達に自己処方を禁じはしないものの、「やめておけ、それはムリだよ」と言うのです。
恐らくは、殆どの人が自分のSimillimumを自分で見つけようと、1度は思ったに違いありません。偶然見つかったというラッキーな人もいるかもしれませが、大多数は諦めることになったのだろうと思います。
ちなみに私も無謀にも挑戦して、諦めた人間です。

なぜ我々はSimillimumを自分で見つけられると思ってしまうのでしょうか?
「自分の事は、自分が一番分かっている。」
「セッションでも、結局自分の事を自分で説明するのだから、自分で処方しても同じだ。」
「レメディは安全だから、うまいこと当たるまで、色々と試しても大丈夫だ。」
「ホメオパスが使うツール(マテリア・メディカやレパートリー)は手に入るから、それを使えばホメオパスと同じように出来るだろう」
こういった心理が働いているのではないかと思います。
私は、こうした「可能性」について100%否定する気はありません。世の中には色々な能力・資質を持った人がいますので、誰かしら達成することもあるでしょう。
しかし一般的には、よほど運が良くない限り、ホメオパスが処方するようには、自分に処方は出来ません。

自分の事は自分が一番良く分かっている。これは真実ですが、同時に自分の事は自分が一番分かっていないというのも真実です。
自分について抱いているイメージと、周囲の人のあなたについてのイメージが食い違っていることはありませんか?
人間には意志やエゴがあります。セルフ・イメージにも、これらは影響しています。我々が抱いている我々自身の姿は、意志やエゴの影響の下に認識しているのです。
我々は、自分を客観的に観ているつもりでも、それを観ているのは我々の主観です。こうした心のあり様を、極限まで研ぎ澄まし、あるいは一切を空にして、自分を観ることが出来れば、本当に自分自身を客観的に観ることが出来るかもしれません。
お釈迦様になる。これが一番の近道でしょうか?しかしこういう人には、レメディは必要ないでしょうね・・・(^ ^;

レメディを判断する時に、通常マテリア・メディカを読むと思います。
セルフでSimillimumを探す時には、この作業は「占いの本を読むようなもの」です。

あなたは長年に渡って気になる症状があります。
レメディを自分で探そうと思い立ちました。
身に覚えのある症状からレパートリー等を参照して、いくつかレメディの候補をピック・アップします。最終的に3つに的を絞りました。そしてマテリア・メディカを読んでみます。
1つ目のレメディについて書いてある事は、どうも自分に当てはまらない気がします。
2つ目を読んでみます。レパートリーで参照した症状はもちろんの事、それ以外にも色々な記述があります。幾つかは自分に当てはまっている様です。「なるほど、言われてみればそんな面もあるかも」そんな記述もあります。
3つ目も読んでみます。気になる症状は当然そこにあります。しかしMindの部分はどうもしっくり来ないな・・・再度2つ目を読んでみます。
そこに書いてある事が、段々もっともらしく思えてきます。やっぱり2つ目だな!
あなたはそれを飲んでみます。
3週間ほど経ちましたが、何も起きません。ガッカリ~!
あなたは気を取り直して、またレメディを探し始めます。
再度レパートリーを参照してみます。今度は、参照する症状を増やしてみました。自分の性格や感情を分析してMindのセクションを多めに参照してみます。ホメオパシーは、精神的なことを重視することを思い出したからです。
今度は、レメディの候補を5つにしてみました。
1つは、前回飲んだレメディでした。念のため再度マテリア・メディカを読んでみます。「何でこれを飲もうと思ったのだろう?」不思議な感じです。
続けてマテリア・メディカを読みます。2つは、ぜ~んぜん違ってそうです。
残りの2つを読んでみます。どちらも当たらずとも遠からず。帯に短し襷に長し。
これらについて、あなたは別のマテリア・メディカを読んでみます。
1つについて「このレメディは、○○のタイプの女性に多く処方される」と書いてあります。
なんだ、ピッタリ私じゃないか!!!しかし飲んでも何も起こりません・・・
あなたは必死にマテリア・メディカを読み漁ります。
そうこうしているうちに、持病の1つである頭痛が酷くなりました。
あなたは心当たりのあるレメディをいくつか参照してみます。今まで候補に挙がったレメディは、もちろん頭痛をカバーしています。
今まで飲まなかったレメディの中に、今の頭痛の症状にピッタリのものがありました。どういう訳か、他の部分の記載も今は自分に当てはまるような感じがします。「うん、実際こういう部分も私にはあるからな・・・」
あなたはそれを飲みます。やっぱり何も起きません・・・

どうでしょうか?ピッタリこの通りでなくても、結構思い当たるフシがありませんか?
マテリア・メディカを読む時、そこから感じることには、その時のあなたの心理状態が反映されます。読む時・状況によって、同じレメディでも感じが違ってきます。
現在気になることを投影しているレメディに出会うと、そこに書いてあることがもっともらしく思えてきて、最後にはそれを正当化しようとする心理が働くことも多いでしょう。
これの裏返しで、人によっては、理想のセルフ・イメージに合わないレメディを排除する傾向もあるようです。「そんなはずはない」という訳です。
またマテリア・メディカをたくさん読むと、段々といくつかのレメディが似通って見えてきます。そしてそれは、読めば読むほど混乱して行きます。ある時「分かった!これがこのレメディの特徴だ。」と思っても、別の本を読んだり、人からの情報を聞いたりすると、「やっぱり分からん・・・」となるものです。

占いを読んで、幾つかの項目、特に自分が一番気になる部分について当たっているので、その他の部分も自分に内在していると考え、「自分はこういうタイプの人間なんだ」と定義付ける心理と似ています。(ちなみに私は占い好きですが・・・)
これが自己処方の心理学です。もちろん他人に処方する時も起こりうるのですが、なぜ自己処方の場合に陥りやすいのでしょう?
慢性病や根本体質のレメディを選ぶ時には、精神的・感情的な部分の比重が、急性病の場合よりも高くなります。場合によっては身体的な症状を殆ど無視する時もあります。
しかし上記のように、自分自身の精神面・感情面の分析は1つの要素(症状)でも難しい上、レメディ選択の時には、いくつもの要素を考慮して1つのレメディ像に統合しなければなりません。
これはホメオパシーを勉強した人は良く知っていますが、逆に言えば、よく勉強して、精神・感情面の要素をレメディ選択に織り込もうとする人ほど、この罠に陥りやすい訳です。
「じゃあ、身体的なことに的を絞ってレメディを探してみたら?」と思われるかもしれませんが、これもまた、ある程度勉強してマテリア・メディカやレパートリーを参照された事のある人は、この方法ではうまく行かないというのはご存知かと思います。

ハーネマンは、「Unprejudiced observerになれ」と教えています。偏見のない観察者にならないと、適切な処方は出来ないと言っている訳ですが、これはつまり大概の人は、ある程度の偏見を持っているという前提に立っています。
やっぱりお釈迦様になるしかないんです(^ ^)

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